修行僧 | 須磨寺副住職 陽人のひとり言

須磨寺副住職 陽人のひとり言

生きるための仏教を求めて

今朝、長谷寺の院生(修行僧)が参拝に来ました。

初々しい修行僧たち。
本堂で一心に声高らかにお経をあげて頂き、
その声を聞いて、

初心忘るべからず

という想いにかられた。

籠りきりの修行に明け暮れている
その瞬間にしか出せない声のような気がした。

私の修行道場の先生が

「あなたたちの人生の中で今が一番仏に近い存在です。」

とおっしゃっていた。

なるほど、今ならその言葉の意味がわかる気がする。

ただひたすら仏(自分)と向き合う日々

それは、道場をでてからは得ることのできない日々だ。

その時はただ辛い日々としか思えなかったが、、


俗世に生きながら、
覚り(さとり)を求める。


矛盾しているようだが、
道場を卒業してからの
日本のお坊さんにとって、
これが本当の修行かもしれない。

その修行に耐える為の支えとして、

修行道場の厳しい日々があるのかもしれない。


合掌

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須磨寺の福禄寿尊
神戸七福神の一つ。

頭を撫でるとボケ封じ
身体を撫でるとガン封じの神様