仏教のめざすもの | 須磨寺副住職 陽人のひとり言

須磨寺副住職 陽人のひとり言

生きるための仏教を求めて

こんばんわー!


今日は大雨でした!久しぶりの恵みの雨です。



今日はまた仏教の話をひとつ。



世の中には、数多の仏教書がでていますが、


難しい本が多い!



というイメージ


だから仏教は難しい宗教というイメージがあるように思います。




昔、中国の唐の時代に、道隣禅師という名僧がいました。



世俗を離れるために、木の上で暮らしてました。(すす、すごい・・・w)


ある日、詩人として有名だった白楽天が訪れて


「仏教とはなんぞや!!」


と問いました。


すると、禅師は、



「もろもろの悪をなすなかれ、多くの善を行じて、自らその心をきよめよ、これ諸仏の教えなり」


要するに


「悪いことは一切やめて、できるだけ善いことをして、自分の心をきれいにすること

それが、仏様の教えだ」


と言ったそうです。



それを聞いた詩人は、


「なんだ、それくらいのことなら、子どもでも知ってるじゃないか」


といった


すると禅師は


「そうだ、三歳の子どもでもしってるけど、八十の年寄りでもこれを実行することは難しいのだ」


と言い返したそうな。




仏教とは、本当に分かりきった簡単なものだと




アートの世界で、ピカソなど、修行を積んだ人の作品が、


まるで、子どもの絵のように見えるのも


これと同じで、最終的にはわかりきったことに還ってくるということなのかもしれません





仏教とは、字のごとく、仏になるための教え




誰もが、仏になる素質をもっている



善悪の道をはずさないということが目標で、



本来は堅苦しくないものなんだと思う





おやすみなさい



陽人