空(くう) | 須磨寺副住職 陽人のひとり言

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生きるための仏教を求めて

「空」



これは仏教徒にとって、大きな一つのテーマであり、


キーワードである。




空とは、簡単に言うと、実体がないということです。




般若心経では、何回もこの「空」という言葉が出てきます。


仏教の真理は、以前にも書きましたが、



諸行無常



諸法無我



世の中のあらゆるものは、絶え間なく変化し続けているということです。



人間の細胞も常に、死んでは生まれてをくりかえしています。



つまり、同じ状態であるものは、一つとしてない。



つまりすべてのものは、実体がないのです。



それが「空」だというわけです。



柳沢桂子さんは、般若心経の絵本「生きて死ぬ智慧」



で、お釈迦さまは、ものを一元的にみるということを述べてるとかいてます。


人間は大人になるにつれて、



自己と他者、自分と他のものという




二元的な考え方に深入りしていく



もうほとんどの人が、これを当たり前のことだと思ってます



しかし、この考え方、つまり、自分と対象物という見方をするところに



執着が生まれ、


それは苦しみになるのです。




一元的にみたらどうだろう。



二元的にみることになれてしまった僕たちは、


一元的にものごとをとらえることは、至難の業です。



それはつまり、原子レベルでものごとをとらえるということ



すべてのものは、原子でできている


原子が飛び交ってる空間のなかで、


原子が密に存在するところがある



これがぼくらの住んでいる世界




だから、自分もないし、他者もないし



でも、存在している



どんなに、かっこいいブランドものも、


原子の濃淡でしかない




執着は生まれない。



これを悟ることができれば、



なにものにも動じない心



平安の心でいられるというのです。





時に仏教は、合理的過ぎて


宗教とはよべないと言われるのも



ちょっとわかります



以上



陽人