ご無沙汰しております。

 

 

つらつらと、自分の思いを文字化するためにブログに書いてみました

 

 

オカルト的な話が嫌いな人は以下読むことはお勧めできません

 

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2022年。

 

 

冬から春にかけて叔父・叔母と、たてつづけに亡くなった。

 

 

 

 

それで子供のいない叔父宅の整理を、兄や叔母や従姉妹とするために

京都に滞在してました

 

 

あれは七月の、祇園祭のころのこと

 

 

 

仲の良い兄と従姉妹ふたりは近くの「伏見稲荷大社」になんども行ってたんです。

 

 

3日続けて、それも深夜に

 

 

昼は片づけをしながら夜は神社探検

 

 

自分はふたりのテンションについていけずに放置

 

 

 

深夜に送られてきたラインには、「裏から入って探検してるw」とか

やたら興奮した内容でした。

伏見稲荷は全体は山で、それ自体が神域とされていて

 

どうも普通は入れないところから巡っているようでした

 

 

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そして片付けの最終日に突然、兄と従姉妹がおかしくなったんですよね。。。

3日間、叔父宅の片づけをした夜に、異変が起こりました。

 

 

 

 

映画でいえば「陰陽師」だったり「レイクエム」の世界がピンとくるような。

 

 

 

 

そう。悪魔や神のような「なにか」に取り憑かれたようになってしまった、ふたり。しかも同時に。

 

 

 

 

行動・言動ともにおかしくなり、兄はとある神様が乗り移ったかのよう。

 

 

 

一人なら、なんですが、ふたりほぼ同時に、だったんです。

 

 

 

おそらく兄には、「悪魔がそこらへんにいるような世界」が見えていた感じです

 

 

従姉妹はそれに従うような感じで「絶望し」て発狂してました

 

 

じぶんの母(叔母)に、亡くなった人たちの名前を挙げて、

 

 

 

「お母さん(自分から見て叔母)も山(あの世)に行こうよ、みんな待ってるよ」と言い出す。

 

 

 

ちなみにその時、おばちゃん(自分から見て母)も山(あの世)で待ってるよ、という。

 

 

いえ、俺の母は生きてますやん。。。

 

 

 

自分のかあちゃんをあっちの世界に連れてこうとするなよ。。

 

 

 

 

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ふたりとも、それまでは何も異常のない普通の人が、ですよ。

 

 

それから3日間、異常状態は続き

 

 

最終的には兄は警察に保護→精神病院に処置入院。

 

 

処置入院、って要は身体の自由を奪って閉鎖病棟にいれる、アレです。

 

 

 

 

その対処してるとき兄は自分にこう言ったんですよね。

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「おまえのことは信じていない。どうせ俺をどこか強制的に閉じ込めようと考えてるんだろw

おまえの考えはお見通しだ。でも、俺は出られるんだよ。覚悟しとけ」

 

 

そういった後に、病院送り。

 

オカルト系は「頭から否定はしない程度に理解している」自分としては

とてもイヤな予感がする。イヤな予感しかしないけど、こちらも見守りながら保護し続けるのは体力的にも精神的にも限界でした

 

 

そうして入院したのが7月末。

 

 

一か月後にようやくおちついたけど、病院からはとても退院できる状態ではない。

 

 

最低3か月は様子見します、と言われたころに

 

 

突然、自分と母がコロナに掛かる。

 

 

1週間程度で良くはなったんだけど、母は味覚が戻らず。

 

 

 

イヤな予感がして、精密検査を受けさせると。。。

 

 

 

「すい臓にガンが発覚、ステージ4で余命3か月です」

ええ、イヤな予感が当たりました。

 

 

ああ、こういうヒキは当たるんだよな、オレ氏。

ここまで全編オカルトまみれですが、なにか。

 

 

 

 

心にぽっかり穴が開いたが、そんなこといってられない。

 

「自分のことは最期まで自分でする」昔気質の母

 

 

いや、それは勘弁してよと田舎に帰って、最後の孝行体制をするけどそばにいることしかできない

 

 

 

 

そうして、告知後2週間くらいしたころかな。

 

まだ、精神異常がみられる兄に対して兄嫁さんが地元で有名な相良家の人に祈祷をお願いしたところ

翌日に正常に戻った、兄。びっくりするくらい、即効性あり。

 

 

そして1週間くらいして、兄に母の病気のことを兄嫁が伝えた。

 

 

 

そうして、兄は無理をいって退院したのでした。

 

 

 

 

 

そう。おかしくなった兄のいった通りに。

 

 

 

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それから2か月後、母は医者の告知からちょうど3か月後に旅立ちました

 

 

忘れもしない12月22日のあの日

 

昼から南国に地で珍しく雪が降っていた

 

 

 

私の人生で母は一度も弱音を吐かなかった

 

 

いつもニコニコしてた

 

 でも最期の1週間は痛みもあったのだろう。意識はちゃんとしてるのだけど、時間の感覚はなくなっていた

 

 

 

そしてその日、ほんとに痛かったのだろう

 

 

 

感情を押し殺した声で「イタイ」と私に伝えてきた

 

 

 

どうにかしてほしい、というワガママをいうわけでもなく

 

つぶやいた「いたい」にはほんとうに感情がなかった

 

 

そして医療麻薬を処置して一時間後

 

 

痛みが落ち着いた母は手を握る私にある歌を歌いだした

 

 

 

 

それは「仰げば尊し」でした

 

 

 

そう、お別れの言葉を、歌に託されました

 

 

 

 

 

 

歌い終わったあと、痛みも和らいだようで眠りにつきました

 

 

 

そして、翌朝

 

 

 

朝、寝ていた私は「壁をこんこんと叩く音」で目を覚ました

 

 

すぐイヤな予感がして母の様子を見ると

 

 

息を引き取っていました

 

 

 

 

 

 

 

 

これが去年2022年に起きた出来事です。

 

 

 

だいぶ端折りましたが、悪夢のような1年。

 

 

 

そして、私の心は今空っぽです。

 

 

 

うちの一族はみんな何かあると「母」にまず話をしていました。

 

 

 

もちろん、息子である私も。

 

 

 

 

 

だから、苦しい。

 

 

兄たちに起きたことと母の死に関連があるのかなんて、誰にも言えないし言わない。

 

 

 

母の死でこの一年起きたことはすべて繋がりがあったのか、それは分からない。

 

 

 

そして、これからどう生きていけるのか、頭からは離れても、やはり心には残ってしまっています。