お世話になっております。44代川瀬陽大です。

この部活の好きな文化であるブログもこれでラストとなりました。引退ブログとして少し書かせていただきます。

お時間ある時に読んでいただけたら嬉しいです。

真面目な話を始める前に、団体戦が終わって中1日で同期で卒業旅行に行ってきました。余韻が冷めやらぬ帰りの飛行機の中で書いておりますので、この場を借りて少し国ごとに振り返りをしたいと思います。

①ドイツ:街の中心部は現代的なビルも少なく、Theヨーロッパの街並み。ビアガーデンでビール2Lくらい飲んだのがハイライト。水よりもビールの方が安かった。
②スイス:男9割の旅行で行く場所ではないくらい絶景ばかりで時間の流れもゆっくりでチルかった。スイスの首都であるベルンという街が、どこを撮っても絵になるので是非行ってみてください。
③イタリア:4都市がっつり周って充実していたが、旅の疲れも溜まり基本会話が成り立っていなかった。街並みの統一感という意味では個人的にフィレンツェが記憶に残った。チーズ嫌いの優翔が一生マリナーラ(数少ないチーズの入ってないピザ)を食べてて可哀想だった。

これとは別で旅の途中、訪れた10数都市の感想を日記みたいな感じで書き残していたのですが、街を語る上で語彙力の無さが露呈したので今後色々勉強していこうと思いました。以上、ブログのテーマから逸れる話を失礼しました。

本題に入ります。

団体戦を終えて色々な感情が湧き出てきて、正直上手くまとめられない気がしますが振り返ります。

1番は悔しい気持ちが大きいです。自分の求めてた順位や団体入賞という結果を得られなかった悔しさです。あとは個人戦が終わって、最後の団体に向けて団体メンバーで練習頻度や質を上げたり、颯大さんと目標を立てたりと今までと違う準備をした分、さほど変わらない個人順位に終わったことをもどかしく思います。一方で、自分の実力はここまでなんだと納得する自分もいます。調子の良し悪しや詰めの甘さがなければ数個上の順位は取れたと思いますが、それより上、団体入賞やそれを達成するためのチーム1の走りには程遠かったです。常にトップを走る人との差を確実に感じました。その差は自分にとってはメンタル面、パンピング、知識量あたりだと思いますが、大事なのはこれらの根本的な課題にいち早く気づき、正解を知って定着させることかなと思います。そうやって1年生からやってきたつもりでしたが、トップを走るためには必要な要素はもっとあって、3年時以降からそれを追い求めるペースを緩めてしまっていたかなというのが反省です。それだけ自分を追い込み続ける力がなかったということだと思います。全国には、もっと自分に厳しく努力を重ね結果を出している同期が沢山います。それを肌で感じた今、今後の人生においては、ここで培った経験を活かしたいし、自分の足りない部分に気付かせてくれたウインドに感謝したいです。

ご支援してくださったOBOGの方々、もし読まれていたら本当にありがとうございました。団体戦に際して例年以上のご声援をいただけたこと、横国という組織が大きくなっている実感をできて何より嬉しかったです。現地に駆けつけてくださった先輩方、同期の高大朗、優翔、優香、稀凛、ありがとうございました。初日でメンタルが終わってた中会うことができて本当にパワーを貰えました。同期メンズ2人は「なんでそんなに追い込まれてるんだ」と、笑わせてくれてそこからは調子を戻せました。後輩も桟橋や陸から応援してくれてありがとう。来年以降、応援駆けつけます。

また秋から団体前という短い期間でしたがコーチとして見てくださった颯大さん、練習時間を削ってまで指導してくださりありがとうございました。そして全レース出場してくれた哉飛、天心。チームとして言い訳はしたくはないですが、直前に発熱し体調が優れない部分もありながら最後まで戦ってくれて心強かったし、結果で引っ張ることが出来ず申し訳ないです。哉飛は、個人戦以降調子を上げて、冬の三浦練付近では勝てない相手になっていてとても心強かった。4年目まさかの事態でウインドに全振りできると知って嬉しかったし、ラスト1年一緒に練習できて楽しかった。天心は悔しさを胸に大翔、陽、勇稀、けいまを巻き込んで4年目を楽しんで続けてほしいです。この前2人で話したけど後輩達もどんどん引っ張っていってね。めちゃくちゃ応援してる。

最後のブログで綴りたかったこととして、何故自分が4年間モチベーションを保って競技を続けてこれたか、というものがあるので少し書きたいと思います。

幼稚園から高校まではサッカー漬けの毎日でした。大学のサッカー部は早朝練があり実家から通うとなると難しいことと、折角ならダラダラせず本気で打ち込みたいと思い、サークルではなく他のスポーツ系の部活を探していました。その矢先に、当時3年生の晃さんの作成した新歓PVを見つけました。海を滑走する競技の魅力と先輩方の楽しそうな雰囲気を感じて一目惚れし、第1回の試乗会に応募しました。その勢いのまま入部した訳ですが、最初の頃は中々結果も出ず、同期の高大朗にプレーニングを先越されたり、悠月は2連続で入賞していたりと、同期に勝てずもどかしかった思い出があります。新人戦も色々あって権利を落とし出場できなかったのも今となれば良い思い出です。この頃はウインドという競技が上手くなる楽しさと、負けず嫌いという性格だけで続いてたなと思います。

変化があったのは2年生の6,7月くらいでした。ある大会の表彰式で横国の1年生が表彰されている時に、横国に対して「ビギナーだけしか入賞しない大学だしな」という声が周りから聞こえたことがありました。何か居てもたっても居られないような直感的な怒りと、悔しさが湧き出たことを鮮明に覚えています。正直図星を突かれたような部分もあったからだと思います。僕らの3つ上の代は陸人さん衛門さんの2人で、コロナ禍に一時部員が2名になった過去があります。そこから部員を増やして下さり今がある訳ですが、知識面でも組織面でも全国で結果を残す大学になるにはまだまだ足りない部分が多いことも薄々気づいていた頃でした。もちろん、エキスパで結果を出していた先輩方もいました。理咲子さん充輝さん智弥さんは4年生の最後の個人戦や団体まで続けて下さいました。本当に感謝しております。それでも、こういった憧れる先輩方よりも速い選手が他大には沢山いることを、自分がエキスパになってレースに混ざってみて痛感したのを覚えています。それと同じ艇庫には部員全員が高い熱量を持って取り組む早稲田がいたことも大きかったです。同期はもちろん1個上の47期の先輩方の中には2年生ながら結果を残している方も沢山いました。早稲田の1個上2個上の先輩方、同期後輩一緒に練習して下さりありがとうございました。どこかで書こうと思っていましたが、この場を借りて書かせていただきました。話が逸れましたが、ちょうど何か部に対する危機感や焦りを感じていた頃だったので、上記で書いた言葉を耳にして以降、自分の結果だけではなく部の成長を考えて行動するように変わりました。「横国が舐められないこと」「海でも陸でも横国の認知を上げること」「横国を強くするために自分が結果で引っ張ること」、この3つ辺りはそれ以降の自分の行動原理になっていたと思います。そこから2年生の冬に主将に任され、途中色んな問題も沢山ありましたが、ウインドを辞めたいと思ったことが1度もなかったのは、横国という組織への使命感と、悔しさがあったからだと思います。改めて横国を繋いでくださった先輩方や、自分の練習時間を削ってイントラしてくださった先輩方に感謝申し上げます。

長々と書きましたが、ここで伝えたいことは、横国に対して謎に熱い想い持って部活を続けていた先輩がいたよということと、「部に対して自分だからこそ貢献できる事」を考えて後輩達には続けてほしいということです。今ウインドがめっちゃ楽しくて向上心を持って自分にフォーカスを当てられている人は、自分がそうやって努力できている環境や部への感謝の気持ちを持って、何か貢献できることはないかと考えてみてほしいです。逆に今ウインドが辛い人やモチベーションが落ちている人がいるのなら、一旦部を成長させることに時間を注いでみてほしいです。後輩を育てるとか、広報を頑張るとか、何でも良いと思うけど、何か部のためになることを全力でしていれば巡り巡って自分のパワーになると思います。例えば、横国には技術面の知識が足りてないなと感じて、他大に友達がいるという自分の良さがあるなら、その子に技術面の質問をしてみて部に共有する、とかです。これは、ウインドで悩んでる人がやってみたら自分の現状の解決に繋がるかもしれないし、部の成長に貢献できるしで一石二鳥の良い例です。自分の成長、部員の成長、部の成長は互いに刺激しあって相乗効果を生むものだと、個人的には思います。後輩達は立ち止まったらこれを思い出して、これからの部活を楽しんで続けてほしいです。

後輩達には色々お節介な部分も多かったと思いますが、ここまで一緒に部活を続けてくれてありがとうと伝えたいです。

45代
10人誰も辞めることなく続けていて正直びっくりしてます。代交代時は結構揉めたのを覚えてます。色々迷惑かけた所もあるだろうし口うるさく言ったこともあったと思うけどここまでありがとう。続ける5人は何より楽しむことと、胸張って部の成長に貢献したと言えることを作って引退して欲しいなと思います。引退組もたまには顔出して後輩達を育ててあげてね。

46代
今年1年幹部として全うする代だと思います。責任感持って全力で取り組むか、なあなあに取り組むかでは、終わってみて自分に残るものに雲泥の差があります。大変だと思うけど任されたことに全力で取り組み、+α自分だから出来ることを探して全うしてください。あとは自分で抱え込みすぎず、もっと人を頼ってください。

47代
みんなの成長をもっと見たかったなという気持ちが1番です。ここから上級生に混ざると辛いことも上手くいかないことも沢山出てくるけど、そこで立ち止まるか前を向けるかで、あと3年間で得られるものは大きく変わると思います。同期みんなで乗り越えてほしいです。同期で完璧に同じ方向を向き続けるのは難しいしこの1年でそれを体感したと思うけど、それでもそれが可能な代だと思うから、切磋琢磨して頑張って!応援してます。

改めて各方面へ感謝申し上げます。横国のOBOGの皆様、41,42,43代の先輩方、これまでの温かいご声援ありがとうございました。そして自分をここまで育てて下さりありがとうございました。支部長を務めていた際に関わって下さった、他大学の先輩方同期後輩、ありがとうございます。またどこかでお会いしたいです。そして特に大基や颯乃介を始めとする早稲田勢と、鎌倉逗子三浦で関わってくれた同期、全国の同期には、良い刺激を与えてくれてありがとうと伝えたいです。そして読んでいるかは分かりませんが、4年間陰で支えてくれた両親にも感謝しています。本当にありがとうございました。

熱く書いていたらここまで長くなってしまいました。

長い人生、これから思い悩むことの方が多いと思いますが、ウインドという競技や関わって下さった方々から学んだことを胸に、力強く乗り越えていこうと思います。

これからも横国のみんなの成長と、部が大きくなっていくことを心の底から祈っています。偉そうなことを言える立場ではないですが、少し学連幹部をしていた身としては学連が長く続いていくことも陰ながら祈っています。

タイトルは陸人さんが4年前「種まき」というブログで引退されたことにちなんで付けました。満開になりますように。

4年間ありがとうございました!

48-1 川瀬陽大