さすらいの旅日記 -26ページ目

さすらいの旅日記

さすらいの旅人による旅日記。
旅をして、食い倒れて、競馬をして、温泉に浸かって、時々酒を呑んでよっぱらりん♪









 謹んで御報告申し上げます。


 本日は『紀元節』。


 皇紀二千六百八十二年(令和四年)である。



 皇紀元年(紀元前六百六十年)元旦、『神武天皇東征』をなされ、『日本(ヤマト)平定』を成し遂げた『神倭伊波礼毘古命(神武天皇)』は、畝傍山の麓の『橿原神宮』で御即位遊ばされた。


 御即位の際は『神武天皇建国の詔』を煥発あられせられた。



 『聖人は制度を立てるものであり、その道理は必ず時勢に適合するものである。いやしくも民にとって利益になることであれば、聖の業に妨げは起きないであろう。そこで山林を切り拓いて宮殿を作り、謹んで皇位に即いて、民を哀れみ愛さなくてはならない。上は天つ神が國をお授け下さった徳に答え、下は瓊瓊杵尊が正義を養った御心を広めようと思う。その後に、四方の國々を統合して都を開き、天下を覆って家とすることは、はなはだ良いことではないか。見渡せば、畝傍山の東南の橿原の地は國の奥まった安住の地であろう。そこに都を定めよう。』(『日本書紀』、竹田恒泰著『日本の国史』より)


 下線部が
『兼六合以開都 掩八紘而爲宇 不亦可乎』
であり、読み下し文は、以下のとおりである。


 『六合を兼ねて都を開き、八紘を掩ひて宇と爲さむこと、亦可からずや』



 『神武天皇建国の精神』を大御心に、少なく見積もっても二千年以上もの間、一度も王朝が変わらなかった『皇國日本』。

 世界に誇れる『皇國日本』に『日本臣民』として生まれてきて幸せである。

 
 謹んで、
『皇國日本の建國』
『皇室の弥栄』
『神武天皇から続く万世一系の「天皇陛下の弥栄」』
を、日本臣民として、心からお祝い申し上げます。


 すめらぎいやさか!いやさか!いやさか!

 すめらみこといやさか!いやさか!いやさか!

 謹んで、御報告申し上げます。



↑ 畏くも、『猿田神社』から『猿田彦大神』様の御動座を賜り、御鎮座賜りました。


 『啓行(みちひらき)の神』として、お導き遊ばされることと思います。



 すめらぎいやさか!いやさか!いやさか!


 すめらみこといやさか!いやさか!いやさか!


 ↑ 『猿田神社』を訪れた。


 ↑ 謹んで、正式参拝をし、『天孫降臨』の啓行(みちひらき)遊ばされた『猿田彦大神』様に

『昨年無事に過ごせたこと』

に感謝申し上げ、

『皇國日本の啓行(みちひらき)』

『皇室弥栄』

『国家安泰』

を祈願申し上げました。



 ↑ 近くには、『猿田彦大神御降臨之地』の碑があったので訪れた。


↑ 謹んで、参拝申し上げました。