“病気になるなら自分だと思っていた。”と言った夫。

結婚したての頃、いずれは田舎で農業してみたい、なんて言って私を驚かせていた。それから26年後、今度は私が田舎暮らしや自然に興味を持つようになったが、夫はいつの間にかそんな気ゼロになっていた😅たくさんの失敗や成功を繰り返しているうちに、夫は仕事が大好きになっていた。その分仕事の為にかなりの時間と体力を使っていた。

私は不器用で、ひとつずつしか物事をこなせないタイプだったので、主婦業に専念させてもらった。

仕事は夫、家庭は私、と分業してしまったことがそれぞれにプレッシャーとなり、バランスをとり辛くしていたような気がしている。


そんな状況だったので、病気になる可能性は夫の方が高いだろうと思っていた。癌が発覚する2年前に保険の見直しをし、夫に手厚く、私のガン保険は解約していた😅

それでも病気になったのが私で良かった!と病気になった時も今も思っている。

仕事をしていない私は治療に専念できたし、金銭的な面でも変化がなかったので、不安にならなかったからだ。夫が働いてくれているおかげで、高額医療保険を使うことができた。全くお金がかからないというわけではないが、重くのしかかる程の金額でもなかった😌。



私はよく失敗する。51歳になった今もやらかすのだ😅何故かというと、“やってみないとわからない”精神で突進するからだ。

やってみて分かることがあるように、病気になって分かったこと(気持ち)がある。


何から話そうかなぁ…。

私は46歳の時に子宮体癌になった。まだ若い年齢で癌になったことで、どうしてなったのかしら?と原因を探られることがあった。確かにネットで検索すると子宮体癌になる要因がいくつか書かれている。けれど、あなたはきっとこれね!、と原因を決められると悲しかった。


闘病中の見た目についても考えてしまうことがあった。私の場合、食欲はなかったが気力があったので、意識的に食事をとっていた。そして、抗がん剤の副作用による浮腫みがあり、痩せては見えなかったと思う。

“もっと痩せているかと思ったら…。”これはきっと元気そうに見えて良かったという励ましのコトバ…なんだけど、病気によりガリガリに痩せてしまう人もそうでない人も、色々な事情や気持ちを抱えながら病気と闘っているよ。

そして言葉にしなくても、何気に体型変化を確認する視線…、割と伝わるからね😅


あと一つ、書くのを躊躇ってしまうこと。

婦人科系の病気にかかる原因を夫婦仲にあると思う人がいること。

とても悲しかった。


これは決して文句ではない。私だって知らぬ間に人を傷つけているだろうし、もしかしたら他の癌経験者の方は思わないことかもしれない。

私って心の小さい人間だなぁ😅

こんな気持ちにならないためにも、やっぱり健康でいることが大事なのだ!😊


若い頃、“可愛いね”と言われて小躍りするほど喜んだり、“ブスだね”と言われてガーンと傷付いたり…。要するに私は美人ではない。

それでも間違いなく私の性別は女性であり、容姿に関係なく堂々と女性として生きてきた。

子宮体癌と診断されて、様々な記事を読んでいると、子宮やオッパイを切除すると女性ではなくなる、という悲しい気持ちになる女性がいるのだ。

私は出産経験がある。もう子宮はなくなってもいいかなぁ、という気持ちがある。そして子宮は無くなっても見た目にはわからない。そんなことを考えると人それぞれに事情があり、どうしても前向きな気持ちになれないこともすごくよく分かる。

そして大切なモノを失うだけでなく、こんな不安を抱えなくてはならないなんて、と胸が締め付けられるような気持ちになる。

自分で書いておきながら、解決策は思いつかない。

だけど、自分はステキな女性だということを忘れないで欲しいなぁ、と私は願う。

大出血し病院へ駆け込む一年程前からだったと思う。生理は月に一度、一週間程度ナプキンを使用するという、今まで通りだったのだが、量に変化があった。特に二日目、三日目の出血量が多くなり、多い日用ナプキンでもマメに交換する必要があった。

心配な気持ちもあり、自分より年上の女性に相談したこともあった。数人に聞いたところ、生理が終わりに近付いた頃は不安定で量も多かった、という話だった。私もそういう年齢に差し掛かっていたし、何より不安を取り除くために、年齢によるものだと思いたかった。だから、病院に行った方が安心よ、というアドバイスを受けたにも関わらず、心の奥に押しやってしまった。

更に思い出したことがある。その異変は病院へ行く三ヶ月程前からあった。出血がなくても小さなナプキンを使わない日がなくなった。

その頃度々ネットで調べてはいたのだが、私の場合、不正出血は自覚していなかった。ただ、オリモノではない、水のようなシャビシャビの液が出た。それが三ヶ月程続いたのでナプキンが毎日必要だった。出血でもなく、オリモノでもないものはとても不安だった。なんでその時病院に行かなかったのか…。自分でも呆れるほどおバカさんなのだが、内診がなぁ、という気持ちと、痛みがなかったからだ😓

そしてもう一つ、気付かないうちに貧血になっていた為、体力がなかった。少し歩くと息切れしていたのだが、家族から運動不足だとかトシだとか言われまいと、皆の速度に合わせて必死に歩いていた😅

病気が発覚して貧血だと分かった時、あ〜それでかぁ!と納得した。病院に行く頃にはかなりの貧血だったので、やたらと氷を食べていた。どうやら貧血の人は氷を欲するらしい。

思い返してみると、ちゃんと自覚症状はあった。


最初にクリニックで受けた検診は、子宮頸癌を調べるものであった。それでも私のような子宮体癌がわかるものなのだろうか?私の場合、かなり癌が進行しており、子宮の入り口にも癌細胞がみられたため、子宮頸癌検診で発覚したのではないか?だって、私は偽陽性と診断されたのだ。だとしたら実はラッキーだったのか?…これは先生に確認していないので不明である。

お酒を飲むのが大好きだったワタシ。好きなおつまみを作って飲んだり食べたりするのが楽しかった。


そんな私が、お酒を飲みたいと思うことが全くなくなり、食べたいものが全く思い浮かばなかった。そして空腹感を感じることもなかった。

買い置きして食べられないと勿体無いので、冷蔵庫は空っぽだった。

三日間、何も食べずに過ごしたら、突然空腹感を感じた。だけど、家には食べ物がない。急にもの凄く悲しくなった。病気が発覚して初めて号泣した。癌に泣くんじゃなくて、空腹で!?いやどうだろう?これはきっかけだったのか?よく分からなかったけれど、小さな子供みたいに泣いた。 

顔を洗って鏡に映っている自分を見ると滑稽で、今度は笑えた。髪はほぼ抜けて、肩の肉が落ち、とても貧相な姿だった😅。

それから気持ちが落ち込んだりすると、鏡を見た。

あまりに酷い自分の姿に、逆に元気になった。現実を見て、病気になるとはこうなんだと…、そして元気になってやる!と奮起した。


その後、以前のように食欲が戻ることはなかったが、食べたいものブームがくるようになった。プリンが食べたいブーム、ヨーグルトブーム、卵焼きブーム…と、ブームは突然やってきて、突然去っていく。夫が気を効かして買ってきてくれても、そのブーム終わりました、ということがあった😅

あとは果物、豆類、そして鰻が食べたかった。この三種については、手術前まではそんなに好きではなかった。それが食べたいと思うようになり、四年半経った今でも好きなままだ。


料理がままならない状態だったのだが、食べられないものが結構あった。添加物とかに敏感になっていたのかなぁ、とも思う。素材のままに近い状態のものが美味しく食べられた。

それも今では気にならなくなった。元気になったんだなぁ、と思う。