1965年2月、三島由紀夫は豊饒の海4部作の第一巻 『春の雪』 を書く為に、
奈良の円照寺、臨済宗妙心寺派の尼寺を訪れている。
此の寺は大和三門跡と呼ばれる門跡寺院で、華道の「山村御流」の家元
でもあり別名、山村御殿と呼ばれている。
【春の雪の舞台、「月修寺」のモデルになった奈良「円照寺」】
『春の雪』 は三島自身が小説の後注に、菅原孝標女の 『浜松中納言物語』
を典拠にした夢と転生の、手弱女振り(たをやめぶり)又は、和魂(にぎみたま)
の物語と呼んでいる。
【2005年製作映画「春の雪」清顕役の妻夫木聡と聡子役の竹内結子】
春の雪の女主人公、聡子が清顕との別離後剃髪し、法相宗月修寺門跡に
入る訳だがその尼寺は、三島が実際に取材した実在の円照寺をモデルに
している。 三島由紀夫が小説を書くに際しては必ず綿密な取材をして
いる事は広く知られている処だが、三島の「取材ノート」を見ると、時には
イラスト入りで実に詳細に亘って調査していることが分る。 因みに三島は
素描も実に上手だ。
三島が円照寺を訪問した際に、寺の執事が画帳に一筆をお願いした処、
三島は、『私の様な者が……』 と固辞したのだが、重ねての寺からの依頼に、
『それでは書かして頂きましょう』 と、
『 偶々雪中ノ山茶花ヲ見ル 寺容正ニ 斯クノ如シ
昭和四十年早春 三島由紀夫 』
そして、三島は 『春の雪』 の52章文中の一ヶ所に 『”春の雪” といふには
あまりに淡くて…….』 と書名そのものが登場する。春の雪は三島由紀夫の
恋愛小説の集大成なのだろう。
そして気になるのは、三島の友人、村松剛が 『あれは私小説なんだよ』 と
三島から直接聞いた事があると語っているのだ。
(参考文献:三島由紀夫全集/豊饒の海四部作/三島由紀夫の世界/
三島由紀夫研究年表)