今まで数多くの三島由紀夫論を読んできた、一度当ブログでも触れたが当方が中でも
秀逸だと思うのは、2024年に亡くなった西尾 幹二氏の著作ではないかと思っている。
【拙宅の書棚にある三島由紀夫に就いての様々な評論集】
西尾氏はニーチェ研究の第一人者の文芸評論家で、対談や雑誌などでも三島由紀夫
に就いて多く語っている。 その集大成としての評論に「三島由紀夫の死と私」
(PHP研究所2008.12.9発刊)がある。
【小林秀雄 1932-1999年】 【江藤淳 1902-1983年】
一方、江藤淳(1932-1999)という評論家がいたが、三島由紀夫に就いて侮蔑的発言の他、
彼の文学を悉く酷評してきた。 西尾氏は江藤の三島由紀夫に就いての評論には非常な
違和感があったと 『三島由紀夫の死と私』で明言している。
1971年、文芸評論家の小林秀雄(1902-1983)が江藤淳と対談した際、江藤が
三島の決死の行動を、『”ごっこ”の世界が終わった』 と言い又、『三島には老年
が来たのか、或は一種の病気でしょう』 と三島の言動を言うに事欠いて、
「病気」 とか 「ごっこ」 と嘲笑した。 45歳の三島に“老年”と言ったのだ。
【小林秀雄と江藤淳の対談 1971年】
その発言に小林秀雄は間髪を入れず 『それは違うでしょ、アンタは三島を病気
と云うけどな、”日本の歴史” を病気と言うのか! 吉田松陰は病気か!』と非常
に強く批難した。 因みに小林秀雄は三島由紀夫を吉田松陰と同列に評価していた。
因みに、小林秀雄に限らず、三島由紀夫を吉田松陰と並び称する評論家は多い。
教育評論家の伊沢甲子麿(1925-2016)もそうだ、『三島事件というのは狂気の沙汰
ではない。 サラリーマン化した自衛隊に“武士の心”を取り戻して欲しかったから
なのである』 と語っている。
何れにせよ江藤淳は、小林秀雄から強く注意される程、三島由紀夫を扱き下ろし
た。 三島の卓越した才能に対する妬み嫉みの類だろうと云う文芸評論家は多い。
三島の親友でもあった仏文学者の澁澤龍彦氏(1928-1987)は、数多くの三島論の中で、
三島の本質を理解し分析考察したのは西尾氏だと賞賛していた。

















