暑いですね。
関東地方、そろそろ梅雨明けでしょうか。
皆様、こんにちは。倭姫プロジェクトのMIKIです。
今年3月から、等々力の等々力不動尊に月詣でに行っています。
今日も行ってきました。
等々力不動尊は関東三十六不動の一つ。
大日如来の化身といわれる不動明王を祀っています。
とある人からの「ご利益あるわよ~」とおススメされたのをきっかけに毎月1回詣でています。
ご利益をあてにするワタクシ、つくづく凡人です。
最近はパワースポットとして知られるようになったせいか、お参りに来る人が激増しました。
ご本尊に手を合わせたあと、必ず行くのが渓谷側とは別の庭園。
その一角に弁天様が祀られています。
まだ新しくて綺麗。
この弁天様にお参りして等々力駅へと戻り、ドトールで涼んで帰ってきました。
暑かったので結構疲れました~
着物ではかなり厳しいかも・・・(さすがに今日はノースリーブの夏服)
そういえば一昨日は七夕でしたね。
皆さんは七夕祭り、やりましたか?
旧暦の七夕なら夜空の星も見えたかもしれませんが梅雨の最中では難しく、浴衣で笹飾りを愛でるなんて、ほど遠い日常に忙殺されましたが、夕方近くになってゆとりができたので着物に着替えてお出かけしました。
もちろん絽。暑いのでいっさい補正無し。
この着物はある作家さんの手によるものですが、その方の姪御さんが「叔父の形見なんです。MIKIさんに差し上げたくて」と言ってくださった反物を仕立てたものです。
簪は笹の模様にしました。
出かけた先は最近お気に入りのプースカフェ。
このお店、まるでヨーロッパの中世のような佇まいの静かなバーで、不思議と着物が似合う空間。
お酒も美しくて美味しいので魂が癒されます。
さて。
着物を着るといつも思うのですが「着物は異次元への入り口」ということ。
不動尊詣でも異次元詣でみたいなものですが、日常の中で楽しむ着物も異次元への入り口のように思うのです。
それも着物の魅力の一つかもしれません。
今日のお話はそんな異次元のお話です。
異次元への誘い
着物に袖を通す度、私はある記憶を思い起こします。
それは田舎で見た花嫁御料です。
近所の年頃のお姉さんがお嫁入する時のこと。
その頃(昭和の40年代)、私の田舎ではお嫁入の際は生まれた家で花嫁の仕度をするのが当たり前でした。
派手なことなど何もない田舎だったことも手伝って、花嫁さんが近所に挨拶回りをすると聞いたらどの家も家族総出で見に行ったものです。
「花嫁さんを見に行こう!」
母の言葉に押されて赤ん坊の頃からお世話になっていた家へ、まだ準備中の花嫁さんを見に行きました。
花嫁さんは私としょっちゅう遊んでくれた、よく知るお姉さん。
「はい、どうぞお入りなさい。花嫁さんが今、玄関に来るから」
花嫁さんが、あのよく知るお姉さんが、介添え人に支えられながら奥の座敷から玄関へと降りてきました。
息を吞みました。
あまりの美しさに言葉が出ず、ただただジッと見てました。
今思えば、あれは一種の異次元体験でした。
虫取りやかけっこや鬼ごっこに、一緒に興じたあのお姉さんが天女の姿になってここにいる・・・
「ねえ、お母さん。花嫁さんが頭につけている、あの白いものはなに?」
「あれは角隠しっていうんだよ。心の中にある怒りを隠す、つまりね、人が持っている怒りは角になるからそれを隠しておくためのものなんだよ」
「帯のところに挿しているあれはなに?」
「あれは懐剣。刀だよ。魔物から身を守るためのものなんだよ」
花嫁さんは玄関から出てゆっくりと玄関の方へ向き直り、生まれた家へ恭しくお辞儀をし、庭を通って門口へ。そして再び家の方へお辞儀をし、長持唄(花嫁の前途を祝し長持を嫁ぎ先へと渡す際の祝儀唄)に抱かれながら嫁いでいきました。
花嫁御料。
それはまるで異次元への入り口。
それを見る者までも異次元へと誘われます。
不思議ですが、その神秘性は日本の、つまり和式の結婚式の古式ゆかしい段取りの中にしかないのではないでしょうか。
花嫁姿は誰でも美しいです。
どの国の花嫁さんも、思わず立ち止まって見てしまう、ウットリする美しさがあります。
それは最高の幸せの瞬間にこそ現れるまぶしい輝きを花嫁さんが体中から放っているからでしょう。
でも、和式の古式ゆかしい花嫁御料には「最高の幸せの瞬間の輝き」は見られません。
むしろ、心を引き締めて、魂の柱をぐっと強く立てて式に臨む風情があります。
見る人の心までも連れて行ってしまいそうな強くどっしりとした何かがあります。
生まれ育った家や地面までも、花嫁に対して何かを語りかけているような気すらしてきます。
全てが命をさらけ出し、根幹となるものを引き締めなおし、森羅万象の理をその儀式の中であきらかにする・・・
それはまさしく異次元への誘い。
神がかりです。
住まいの殆どがマンションや建売住宅となり、会場を借りての結婚式が当たり前となり、お仕度も会場内で完了する現代では見られなくなった花嫁御料。
残念な気がします。
ですが花嫁御料はなくなっても、いまだに全ての着物に異次元への入り口という世界が宿っているのかもしれません。
だから着る人も見る人も、着物の蘊蓄を語りたがり、所作にこだわり、コーディネートやら簪やらを吟味し、それでも納得いかずに着物を追いかけるのかもしれません。
まるで「死後の世界」や「宇宙空間」や「幽霊」のことを知りたがるように。
それを思えば、着物はきっとこの先も廃れることはないのかもしれません。
着物にはいつでも物語があります。
冒頭の写真は拙宅のベランダの西洋朝顔。
人間が何も手を貸さずとも、勝手に支柱へ茎を伸ばし巻き付いていくのが面白いです。
こういう植物の在り方も異次元なのかもしれません。
今日も長くなってしまいました。
暑いのでご自愛ください。
またのご訪問をお待ちしております。



