上杉隆氏 鉢路前経産相は記者の談合による虚報で辞任と指摘
※原発記事とは直接には関係ないと思いますが、原発関連の隠された新事実などが表面化されるかもしれません。上杉氏の今後の活動に注目したいと思います。
http://news.livedoor.com/article/detail/6163899/
2011年12月31日をもってジャーナリスト活動を無期限休業する上杉隆氏が、権力と記者クラブなどによる「官報複合体」の内情を暴くべく、政治記者たちが政権幹部などを取材した40万枚にも及ぶオフレコメモなどを暴露する。政治とメディアの癒着の構造を上杉氏が改めて検証する。
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書くべきものを書かず政治家や政府のいいなりになってきた記者クラブの限界が、3.11の東日本大震災で露呈する。政府や東京電力の会見で、原発事故の問題を何も追及できない記者クラブの無能ぶりが、国民の目にも明らかになったのだ。
一方で2011年は、「オフレコ破り」によって、多くの政治家や官僚が辞任した。
だが、そもそも海外のジャーナリズムにおいては、複数の記者がいる懇談の場でオフレコが成立すること自体が稀だ。政治家や官僚の言いなりになって「オフレコ」を守る日本のメディアこそが異常なのである。
松本龍・復興担当相の宮城県知事に対する発言を最初に報じたのは東北放送だし、田中聡・沖縄防衛局長の「犯す」発言は琉球新報だった。ともに、記者クラブのなかではメインストリームではないローカルメディアが報じたものを、他が仕方なしに後追いしたに過ぎない。
鉢呂吉雄・経済産業相の「放射能つけちゃうぞ」発言に至っては、そもそも鉢呂氏は「放射能」という言葉を使っていない。防護服姿の鉢呂氏は、記者から「放射能付いているんじゃないですか?」といわれ、近づいただけだ。しかも第一報を報じたフジテレビ記者の姿を、鉢呂氏は確認していない。つまり、記者たちの談合で生まれた虚報で、鉢呂氏は辞任に追い込まれた。
松本氏といい鉢呂氏といい、政権の中枢ではなく、官僚たちが「あいつはもう駄目だ」と切り捨てた閣僚が、オフレコ破りの標的に遭っている。一方で仙谷氏ら政権中枢のオフレコが表に出ることは決してないのだから、「オフ破り」すら八百長にすぎないのだ。
政治家が表の会見ではウソをついていることを知りながら、国民を騙し続ける記者クラブメディア。これによって洗脳される国民は、あまりに不幸である。
いい加減、八百長カルテルに加担するのは止めるべきではないか。今回のメモ公開は、ジャーナリストとして無期限休業する私の、そうした「同業者」に対する40万ページにも及ぶ「クリスマスプレゼント」であり、記者クラブシステム全体への「最後通牒」でもあるのだ。
※週刊ポスト2012年1月1・6日号
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誰がどう見ても、それは異様だった。小沢一郎・民主党元代表が陸山会事件裁判の初公判後に行なった記者会見は、やや大袈裟にいえば小沢氏と新聞・テレビの記者たちの罵り合いの場となった。
そこには記者クラブ側の巧妙な仕掛けが施されていた。完全オープンな記者会見を主催する自由報道協会代表の上杉隆氏が、鉢呂芳雄前経産相を辞任に追い込んだ「死の町」発言の裏事情を解説する。
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記者クラブの悪質な情報操作の手口が次々と露呈している。小沢氏や堀江貴文氏といった記者クラブの「敵」を、これまで新聞・テレビがいかに「人物破壊」してきたか、いよいよ国民も気付き始めている。
典型的なのが、鉢呂吉雄前経産相の辞任である。
鉢呂氏は、「死の町」発言と「放射能つけちゃうぞ」発言の“合わせ技一本”で辞任に追い込まれたが、実は福島の住民たちは「死の町」発言に怒っていない。大多数は「本当のことを認めてくれた」と肯定しているのだ。警戒区域内の牛を保護しているエム牧場浪江農場長・吉沢正己氏は自由報道協会の会見で、「『死の町』という表現があったがその通りだ。絶望の町と捉えている」と述べた。
「放射能つけちゃうぞ」発言にいたっては、完全に新聞・テレビの捏造である。鉢呂氏はそもそも「放射能」という言葉を使っていない。福島からの帰りで防護服姿だったため、記者から「放射能付いているんじゃないですか?」といわれ、近づいただけだ。そのやり取りに記者も笑っていたという。実は記者の1人がICレコーダーで録音していたから、その気になれば真相は検証できるはずだが、そうした報道はない。これが、各紙バラバラだった「放射能」発言の真相である。
つまり、本来なら二つとも問題にならない言動だったのだ。それなのに、なぜ彼は辞任に追い込まれたのか。鉢呂氏は、私が司会を務めるCS朝日ニュースター『ニュースの深層』(10月11日放送)に出演し、「外部から入るのは記者クラブメディアからの情報だけで、それ以外に(自分の発言に)賛同する声もあったことは辞任してから知った」と、後悔の念を口にした。
鉢呂氏は福島第一原発周辺の放射線量を年間1ミリシーベルトへ下げる除染作業を提唱し、経産省の原子力行政改革にも意欲的だった。原子力ムラにしがみつく官僚とメディアは、情報操作によって鉢呂氏を「辞任」に追い込んだのだ。
その後釜に座ったのが、官房長官として原発事故対応に失敗した枝野幸男氏というのは、何とも皮肉な話だ。つまりこれは、「『死の町』を認めた男と作った男」の交代劇だったのである。
※週刊ポスト2011年10月28日号
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