半径250キロ圏内を避難対象 政府の「最悪シナリオ」


http://www.asahi.com/politics/update/0106/TKY201201060501.html


 東京電力福島第一原発で事故が起きた2週間後の昨年3月25日、事故が拡大すれば、東京都も含む半径250キロ圏内の住民が避難対象になるという「最悪シナリオ」を政府が想定していたことを、6日の閣議後会見で細野豪志原発担当相が明らかにした。

 シナリオは、当時首相補佐官だった細野氏が菅直人首相の指示を受け、近藤駿介原子力委員長に依頼、委員長が個人的に作成して政府に提出した。

 資料では、最悪のシナリオとして、原子炉2炉心分の1535体もの燃料が貯蔵されていた4号機の使用済み燃料プールの燃料が溶けることを想定した。プールは3月15日の原子炉建屋の爆発でむき出しになっており、さらに1号機の原子炉が水素爆発を起こして作業員が退避、復旧作業が止まると、14日程度でプールから放射性物質が大量に放出されると推定した。

<東京電力>火力発電所に外部から出資募集 実質国有化後

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120128-00000010-mai-bus_all


政府が検討している実質国有化後の東京電力の改革案概要が27日分かった。(1)老朽化した火力発電所への外部からの出資を募り、新型設備に更新し、電力の安定供給を図る(2)送電・配電部門の独立性を高め、中立機関の系統運用機関(ISO)に運営を委ねやすくする(3)原発は国有化せず、維持する--などを軸に最終調整する。福島第1原発事故の損害賠償や廃炉費用で巨額の負担を抱えるため、従来の「自前主義」を転換し合理化を進める狙い。東電と政府の原子力損害賠償支援機構が3月に策定する総合特別事業計画に盛り込む方向だ。

【すべてがここから】津波に襲われる福島第1原発

 外部からの出資を仰ぐ対象に想定している火力発電所は、横須賀(神奈川県)▽五井(千葉県)▽南横浜(神奈川県)▽大井(東京都)など少なくとも計6発電所。いずれも老朽化しており、原発停止で火力発電の比重が高まる中、効率的な新型設備への投資が喫緊の課題となっている。

 具体的には東電が出資の受け皿として設立する会社が発電所を管理する形をとり、ガス、石油会社などから出資を募る。実質的には東電が運営できるが、形式的には東電本体から切り離すことで外部資金を集めやすくする狙いがある。

 さらに、火力用の液化天然ガス(LNG)を低価格で安定的に確保するため、他社との共同調達を推進する。LNG基地やパイプラインなどの施設についてもガス会社などと提携を強化して効率的な運用を進める。

 また、国有化論議もあった原子力部門は現在の体制を維持。原発事故の賠償や廃炉は東電本体で引き続き担う。

 一方、発電部門と送配電部門を分ける「発送電分離」を巡っては、送配電部門を社内で分社化し、ISOが運営する「機能分離」を検討している。ISOは電力会社から独立した中立機関で、米国で導入されており、政府は電力システム改革の柱としてISOの設置を検討している。送配電網の使用や送電料の決定権を中立機関に持たせることで電力大手と新規業者(特定規模電気事業者)との競争条件格差をなくし、電力市場への新規参入を促すのが狙いだ

避難呼び掛け犠牲 南三陸町職員の遠藤さんが教材に

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120127-00000003-khks-l04


 宮城県南三陸町の防災対策庁舎から防災無線で町民に避難を呼び掛け続け、津波の犠牲になった町職員遠藤未希さん=当時(24)=が埼玉県の公立学校で4月から使われる道徳の教材に載ることが26日、分かった。
 埼玉県教育局によると、教材は東日本大震災を受けて同県が独自に作成。公立の小中高約1250校で使われる。
 遠藤さんを紹介する文章は「天使の声」というタイトル。遠藤さんが上司の男性と一緒に「早く、早く、早く高台に逃げてください」などと必死で叫び続ける様子が描かれ、「あの時の女性の声で無我夢中で高台に逃げた」と語る町民の声を紹介している。
 教材ではほかにも、埼玉県深谷市出身で津波に流される車から市民を救出した釜石市の男性職員の話などが掲載される予定。
 同教育局生徒指導課の浅見哲也指導主事は「遠藤さんの使命感や責任感には素晴らしいものがある。人への思いやりや社会へ貢献する心を伝えたい」としている。
 遠藤さんの父清喜さん(57)は「娘が生きた証しになる」と話し、母美恵子さん(53)は「娘は自分より人のことを考える子だった。子どもたちにも思いやりの心や命の大切さが伝わればいい」と涙を流した。
 遠藤さんが防災無線で避難を呼び掛け続けた南三陸町の防災対策庁舎では、遠藤さんを含む町職員ら39人が犠牲となった。佐藤仁町長が津波被害の象徴として保存の意向を示したが、遺族の強い反発を受けて解体が決まっている。

◎「天使の声」教材の要旨

遠藤未希さんを紹介した教材の要旨は次の通り。
 天使の声
 誰にも気さくに接し、職場の仲間からは「未希さん」と慕われていた遠藤未希さん。その名には、未来に希望をもって生きてほしいと親の願いが込められていた。
 未希さんは、地元で就職を望む両親の思いをくみ、4年前に今の職場に就いた。(昨年)9月には結婚式を挙げる予定であった。
 突然、ドドーンという地響きとともに庁舎の天井が右に左に大きく揺れ始め、棚の書類が一斉に落ちた。
 「地震だ!」
 誰もが飛ばされまいと必死に机にしがみついた。かつて誰も経験したことのない強い揺れであった。未希さんは、「すぐ放送を」と思った。
 はやる気持ちを抑え、未希さんは2階にある放送室に駆け込んだ。防災対策庁舎の危機管理課で防災無線を担当していた。
 「大津波警報が発令されました。町民の皆さんは早く、早く高台に避難してください」。未希さんは、同僚の三浦さんと交代しながら祈る思いで放送をし続けた。
 地震が発生して20分、すでに屋上には30人ほどの職員が上がっていた。すると突然かん高い声がした。
 「潮が引き始めたぞぉー」
 午後3時15分、屋上から「津波が来たぞぉー」という叫び声が聞こえた。未希さんは両手でマイクを握りしめて立ち上がった。そして、必死の思いで言い続けた。「大きい津波がきています。早く、早く、早く高台に逃げてください。早く高台に逃げてください」。重なり合う2人の声が絶叫の声と変わっていた。
 津波はみるみるうちに黒くその姿を変え、グウォーンと不気味な音を立てながら、すさまじい勢いで防潮水門を軽々超えてきた。容赦なく町をのみ込んでいく。信じられない光景であった。
 未希さんをはじめ、職員は一斉に席を立ち、屋上に続く外階段を駆け上がった。その時、「きたぞぉー、絶対に手を離すな」という野太い声が聞こえてきた。津波は、庁舎の屋上をも一気に襲いかかってきた。それは一瞬の出来事であった。
 「おーい、大丈夫かぁー」「あぁー、あー…」。力のない声が聞こえた。30人ほどいた職員の数は、わずか10人であった。しかしそこに未希さんの姿は消えていた。
 それを伝え知った母親の美恵子さんは、いつ娘が帰ってきてもいいようにと未希さんの部屋を片づけ、待ち続けていた。
 未希さんの遺体が見つかったのは、それから43日目の4月23日のことであった。
 町民約1万7700人のうち、半数近くが避難して命拾いをした。
 5月4日、しめやかに葬儀が行われた。会場に駆けつけた町民は口々に「あの時の女性の声で無我夢中で高台に逃げた。あの放送がなければ今ごろは自分は生きていなかっただろう」と、涙を流しながら写真に手を合わせた。
 変わり果てた娘を前に両親は、無念さを押し殺しながら「生きていてほしかった。本当にご苦労様。ありがとう」とつぶやいた。
 出棺の時、雨も降っていないのに、西の空にひとすじの虹が出た。未希さんの声は「天使の声」として町民の心に深く刻まれている。

議事録未作成、10会議=震災対応で調査結果公表―政府

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120127-00000045-jij-pol


 政府は27日午前、東日本大震災や東京電力福島第1原発事故への対応に当たった15会議体を調査した結果、原子力災害対策本部(本部長・首相)など10の会議が議事録を作成していなかったことを公表した。このうち3会議は、議事概要すら未作成だった。野党は政府対応に批判を強めており、国会論戦の新たな焦点に浮上してきた。
 議事録も議事概要も作っていなかったのは、同本部と緊急災害対策本部、被災者生活支援チーム。政府・東電統合対策室や官邸緊急参集チームなどは議事録を未作成だった。
 調査結果を受け、公文書管理を担当している岡田克也副総理は同日午前の閣僚懇談会で、2月中をめどに、議事概要を事後的に作成するよう関係閣僚に指示。また全ての閣僚に、公文書管理法に基づき文書管理の徹底も求めた。この後、岡田氏は関係者の処分について記者団に「(未作成の経緯などを)議論するので、その結果次第だ」と述べた。
 岡田氏は同日夕に記者会見し、詳細な状況や今後の対応を説明する。 

南海トラフで巨大断層発見=潮岬沖海底、防災研究に期待―東大など

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120127-00000107-jij-soci


 東京大学大気海洋研究所(千葉県柏市)などの研究チームは27日、東海、東南海、南海地震が想定される太平洋・南海トラフで、過去に複数の震源域で津波地震を発生させた巨大断層を発見した、と発表した。1707年の宝永地震を引き起こした断層の痕跡とみられるという。
 同研究所は「発見した巨大断層を地震発生モデルに組み込むことで防災研究にも貢献できるのでは」と期待している。
 南海トラフでは、過去の地震の研究から五つの震源域が想定されている。これらの震源域が連動して起きる巨大地震では、断層破壊が紀伊半島・潮岬沖から東西に伝わると推測されていたが、証拠は発見されてなかった。 

放射性物質:除染14年3月に完了 環境省が工程表

http://mainichi.jp/select/weathernews/20110311/radioactive/news/20120127k0000m040049000c.html


環境省は26日、東京電力福島第1原発事故に伴う放射性物質の除染について、国が直轄で進める除染作業の工程表を発表した。放射線量が年間50ミリシーベルト以下の地域は住民の同意など条件が整った地域から今春以降順次、本格除染に着手し、14年3月末の完了を目指す。一方で年間50ミリシーベルト超の地域については、現在の技術では住民が帰宅できるレベルまで線量を下げられず、帰還の難しさが改めて浮き彫りになった。

 国は放射性物質汚染対処特別措置法に基づき、現在の警戒区域と計画的避難区域を「除染特別地域」として除染。また、両区域は4月から(1)年間20ミリシーベルト以下の避難指示解除準備区域(除染対象面積約1万200ヘクタール)(2)同20ミリシーベルト超50ミリシーベルト以下の居住制限区域(同7200ヘクタール)(3)同50ミリシーベルト超の帰還困難区域(同約9300ヘクタール)--の3区域に再編する方針を固めている。

 工程表によると、3区域のうち年間50ミリシーベルト以下の(1)、(2)の地域の除染を優先する。特に役場や公民館、常磐道や上下水道などのインフラ施設の除染を先行。同時に民有地の土地所有者を把握し、除染実施への同意を得て本格除染に着手する。

 (1)の地域では、まず同10ミリシーベルト以上の地域や5ミリシーベルト以上の地域の学校など線量が高めの場所から同10ミリシーベルト未満を目指して除染し、今年中の完了を目指す。さらに5~10ミリシーベルトの地域では来年3月末まで、1~5ミリシーベルトの地域では14年3月末までに除染する。この過程で、来年8月末までに住民の年間追加被ばく線量を昨年8月末に比べて、約半分に減らし、子どもは約6割減を目標とする。

 (2)の地域では、年間追加被ばく線量を20ミリシーベルト以下にすることを目指し、今秋から14年3月末まで除染する。

 年間50ミリシーベルト超の(3)の地域では当面、除染の効果を確かめるモデル事業を実施することのみが盛り込まれた。

 環境省は今後、対象の市町村と協議し今年3月末までに自治体ごとの詳細な除染計画を策定する予定。

 細野豪志環境相は「除染の目的は、避難住民に一日も早く帰っていただくことだ。一方で、帰還困難区域の皆さんには(本格除染の計画を示せず)厳しい状況であることを客観的にお知らせすることになった」と話した。

 除染特別地域の面積は約2万6700ヘクタール(森林は除く)で、住宅や商業地、農地など民有地の所有者は推定約6万世帯ある

脱原発運動で世界の表舞台に復帰―菅直人前首相

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120126-00000001-wsj-int


 【東京】菅直人前首相がスイスのダボスで25日に開幕した世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)で世界の表舞台に再登場する。福島第1原発の事故では自ら陣頭指揮した政府の対応が各方面から批判を浴びたが、今回の菅氏の役回りは反原発運動の推進である。

 菅氏はウォール・ストリート・ジャーナルとのインタビューで「世界が原発に依存しなくてもやっていける社会を目指すべきということを、世界に発信していきたい」と語り、26日に予定されているダボス会議での演説に盛り込む意向を明らかにした。

 菅氏は東日本大震災とそれに伴う福島原発事故の発生から5カ月後の昨年8月、就任から1年余りで辞任を表明した。原発事故対応や、頑固なうえ場当たり的ともいわれた政権運営に対し、野党だけでなく与党民主党内からも非難が噴出し、退陣に追い込まれた形だ。

 日本では首相交代が頻繁に起こる。菅氏を含めて過去5年で6人が首相に就任した。首相経験者が内外で影響力を行使することは非常にまれだが、国会議員になる前は市民運動家だった菅氏は、初心に帰ることでこのような前例を打ち破ることを目指している。同氏は1980年の衆院選で初当選する前、東京の一般サラリーマンでも手ごろな価格でマイホーム購入が可能になるような市民生活改善を掲げた運動に参加していた。

 菅氏はインタビューで「原点復帰と言われている」と現在の活動について語り、「最優先で時間と力を注いでいる。楽しくやっている」と付け加えた。

 菅氏はこのところ、世界を飛び回っている。最近訪れたスペインとドイツでは、代替エネルギー関連の施設を視察し、太陽光発電施設も訪問した。インタビューに応じた際も、菅氏は、省エネ建築基準やバイオマス発電の研究施設についての資料を説明しながら、生き生きとした表情を見せた。首相在任当時にはめったになかったことだ。

 後継者の野田佳彦首相が停止中の原発の再稼働と、ベトナムやトルコへの日本の原発技術の輸出を推し進めようとする一方で、菅氏は現在、元首相という立場や経験を活用して脱原発というアジェンダを追求している。「原発に依存しなくてもよい世界を目指すべきだ。日本はそのモデルの国になることが望ましいと考える」とその抱負を語った。

 菅氏の最近の活動は、ある意味、上り詰めた似つかわしくないキャリアの終わりに、ようやく本来の姿に戻るようなものだ。菅氏は4度目の挑戦で国会議員になった。しかし、当時ミニ政党に属し、市民活動出身の菅氏の主張は、大企業・官僚・自民党の結束の下で高度成長期からバブル期に向かう日本で共鳴を得ることは難しかった。

 「官僚べったりの自民党政権から交代したい、という話はよくしていた」。菅氏と交友の深い北海道大学の山口二郎教授はそう語り、「夢みたいな話で、まさか彼がいつか首相になるとは思っていなかった」と述べた。

 菅氏は、若手議員時代に再生エネルギーへの関心を強めた。その頃、同氏は、米コロラド州の風力発電施設を視察しており、その際の自身の写真を今でも自慢げに見せることがある。1982年には国会で風力発電の問題を取り上げ、議事録によると、当時の中川一郎科学技術庁長官から、「原子力は要らないのではないかということの口実に使う、利用する、乗りすぎ、悪乗りがないよう、是非ご理解いただきたい」とクギを刺されている。

 菅氏は、この際のやりとりを困惑気味に振り返る。原子力に触れたわけでもないのに、そうした反応が出てくるのは、政府側に原子力への必要以上のこだわりがあったのではないかと、菅氏は言う。当時の日本は、1970年代の石油ショックが尾を引き、輸入原油に代わるエネルギー源として原子力の推進を模索していた。

 だが、その菅氏も、政治家としての階段を上るなかで、原子力の必要性を認めざるを得なくなる。

 菅氏は、自身がまだ若手政治家だった頃、原発を過渡的なエネルギー源と考えていたという。しかし、その後の流れとして「政党が大きくなると、もっと積極的に原子力は安全なんだからいいんじゃないか、という意見の人も多くなった」と指摘する。

 民主党は2009年の総選挙で歴史的な勝利を収め、政権を奪取したが、新政権は自民党の原発推進政策を継承しただけでなく、2030年までに新たに原子炉を14基建設することを約束した。原発はクリーンなエネルギーと再定義され、民主党が世界に公約した、2020年までに炭素排出量を1990年比で25%削減するという計画の柱となった。

 しかし、昨年3月11日の東日本大震災によってすべてが変わった。危険の増す原子炉周辺から作業員を撤退させたいという東京電力の要請を却下するなど、菅氏は断腸の思いの決断をしなければならなかった。同氏は原発関係者に対して「戦後初めて、命をかけてでも収束に向けて頑張ってほしい、とお願いした」という。そして、首都圏に住む3500万人を避難させるというシナリオを頭の中で描いた。「日本の領土を半分奪われてしまう。しかもその影響は他国まで及ぶ。国そのものの存在がかかっていると感じた」と菅氏は回想する。

 菅氏とは30年来の盟友の関係にある江田五月氏は、「頂点に立ったときに、一番原点を問われる事故がおきた」と語る。

 菅氏は、福島原発の事故から4カ月後の昨年7月、「原発に依存しない社会を目指す」として「脱原発宣言」を行った。原子力は律することができないリスクを伴うとするこの宣言は、閣僚にも発表数時間前に知らされ、根回しが当然の政界に激震をもたらした。

 民主党内でかつて菅氏を支持した議員でさえ、原発事故や事故後の対応における同氏の能力を疑問視する者もいる。菅政権で官房長官を務めた枝野幸男氏は、先月、菅氏について、「攻めの政治家としての破壊力や突破力というものは、すごいものがあると思う。しかし危機管理と、日々の発信というのは攻めの局面ではない」と述べている。

 当の菅氏はあくまでマイペースだ。「色々な批判のなかに、唐突だとか、思いつきだというものがあった。人間は思いつかないと発信できない。思いつきはいいこと、私にとってはポジティブなこと」と同氏は語る。

 そして、首相という重職から解放された今、菅氏は思いついたことを自由に実践できる。江田氏は菅氏について、「元の彼に戻って毎日を送っているのだろう」と感想を漏らした。

東電の原発、9年ぶり全停止へ…柏崎刈羽検査で

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120124-00000997-yom-bus_all


 東京電力は24日、新潟県の柏崎刈羽原子力発電所5号機(出力110万キロ・ワット)が予定通り25日未明から停止し、定期検査に入ると発表した。

 東電の原発で稼働しているのは柏崎刈羽6号機(出力135万6000キロ・ワット)だけとなる。6号機も3月下旬に定期検査に入ると、原発トラブル隠しで全17基が停止した2003年4~5月以来、約9年ぶりに東電が保有する原発の稼働がゼロとなる。

 東電は東日本大震災で福島第一、第二の両原発が全停止した。柏崎刈羽原発5号機の検査作業そのものは5か月弱で終わる。しかし、再稼働にはストレステスト(耐性検査)などの手続きに加え、地元の了解も必要だ。震災直後も稼働していた柏崎刈羽原発の4基は順次、定期検査に入っているが、再稼働の見通しは立っていない。

M7級首都直下地震、4年内70%…東大地震研

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120122-00000800-yom-sci


 マグニチュード(M)7級の首都直下地震が今後4年以内に約70%の確率で発生するという試算を、東京大学地震研究所の研究チームがまとめた。

 東日本大震災によって首都圏で地震活動が活発になっている状況を踏まえて算出した。首都直下を含む南関東の地震の発生確率を「30年以内に70%程度」としている政府の地震調査研究推進本部の評価に比べ、切迫性の高い予測だ。

 昨年3月11日の東日本大震災をきっかけに、首都圏では地震活動が活発化。気象庁の観測によると12月までにM3~6の地震が平均で1日当たり1・48回発生しており、震災前の約5倍に上っている。

 同研究所の平田直(なおし)教授らは、この地震活動に着目。マグニチュードが1上がるごとに、地震の発生頻度が10分の1になるという地震学の経験則を活用し、今後起こりうるM7の発生確率を計算した。

<電力需給>政府今夏試算「6%余裕」伏せる

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120123-00000003-mai-pol


 今夏の電力需給について「全国で約1割の不足に陥る」と公表した昨夏の政府試算について「供給不足にはならない」という別の未公表のシナリオが政府内に存在したことが、分かった。公表した試算は、再生可能エネルギーをほとんど計上しないなど実態を無視した部分が目立つ。現在、原発は54基中49基が停止し、残りの5基も定期検査が控えているため、再稼働がなければ原発ゼロで夏を迎える。関係者からは「供給力を過小評価し、原発再稼働の必要性を強調している」と批判の声が上がっている。

 ◇再生エネ除外、「不足」のみ公表

 公表された試算は、東京電力福島第1原発事故を受け、エネルギー戦略を見直している政府のエネルギー・環境会議が昨年7月にまとめた。過去最高の猛暑だった10年夏の需要と全原発停止という想定で、需要ピーク時に9.2%の供給不足になると試算した。

 この試算とは別に、菅直人首相(当時)が昨年6月下旬、国家戦略室に置いた総理補佐チームに、電力需給の実態把握を指示。経済産業省に対して、発電所ごとの設備容量・稼働可能性、地域ごとの再生可能エネルギーの稼働状況など、試算の根拠データの提出を求め、再試算させた。

 その結果、現在の法律に基づいて電力会社が調達できる再生可能エネルギー容量は759万キロワット(原発約7基分)あったのに、公表された試算は供給ゼロだった。また、一部火力発電所で定期検査による稼働停止時期を猛暑の8月に設定したり、大口契約者への格安電気料金と引き換えに需給逼迫(ひっぱく)時の利用削減を義務づける「需給調整契約」による削減見込みもゼロとしていた。夜間の余剰電力を昼間に利用する「揚水発電」の供給力も低めに設定されていた。

 再生可能エネルギーによる電力供給などを盛り込むシナリオで計算し直すと、電力使用制限令を発動しなくても最大6.0%の余裕があった。再試算は昨年8月にまとまり、菅首相に報告されたが、公開されなかった。

 国家戦略室で同会議を担当する日下部聡・内閣審議官は「国の政策を決定する過程で、後になって『足りませんでした』とは言えない。慎重に堅い数値をまとめた。供給不足を導く意図はなく、昨年11月に公表した対応策で、再生可能エネルギーや火力発電の増強を必要な取り組みに挙げた」と説明する。一方、国家戦略室の総理補佐チームで再試算に携わった梶山恵司・富士通総研主任研究員は「電力会社の言い分をまとめた極端な前提に基づく試算。その数字が、原発再稼働を容認する政治家らの発言にもつながった。再試算は菅政権末期の混乱で公表できなかったのではないか」と問題視している