地震の避け方、かわし方(1)・・・東海地震がなぜ注目されたか?

※武田邦彦さんのブログより転載します。1月31日と2月1日


http://takedanet.com/2012/01/post_4d9b.html


物事はそれほど偶然ではなく、それぞれに理由があるものです。特に、かなり大きなことはそれなりに理由を見いだすことも大切です。

「東海地震が来る」と言われて40年。その間に、阪神淡路大震災と東北大震災の2つが日本列島を襲い、今、また関東に大地震があると言われています。なぜ、東海地震が来なくて、阪神と東北に大地震が来たのか? それも1000年に一度というような大規模な地震が予測できなかったのか? それほど予測精度が悪いのに、なぜ「次回だけは予測できる」のか? ジックリと考えたいと思います。

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東海地震がすぐにでも来ると言われる少し前、松代群発地震というのがあり、それがキッカケとなって「地震予報を出そう」ということになりました。このような時に世論を作っていくのは、普通は「若手官僚―東大教授―マスコミ」の連合軍です。

最初はそれほど悪くはなく、「日本は地震国だから、地震予測を進めなければならない」、「仮に地震が予測できたら、人命ばかりではなく、経済損失を少なくする上でも貢献できる」ということで前向きの議論になります。

ところがその直後に問題が発生します。それは「予測を誰がするか」ということです。政策の原案を作るためには「官僚と東大教授」という組み合わせで行われます。日本は議員の政策立案力が無く、官僚がほとんどをやっていますし、東大教授だけが優れているのではないのですが、東京にいることと、官僚と同じ大学(多くは東大)の出身で個人的に知り合いが多いということがその理由となります。

「予測をどのようにするか」という検討段階に入りますと、「全国を一律にやるのも予算がかかる(官僚)」、「東海地震が近いからそこを重点的にやったらどうか(東大)」となって、「東海地震の予知からはじめ、東大がそれを担当する」という筋書きができます。

ここに大きな問題が発生していますが、議論がまともですから、反対もなく、マスコミも特に不思議と思わずに報道します。

「松代群発地震も起こり、社会は地震に対する関心が深くなっている。かつて関東大震災で大きな被害を受けた日本だから、世界に率先して地震予知を進めなければならない。地震学者によると太平洋から日本列島の下に潜り込んでいるプレートのひずみが大きくなっており、次の巨大地震は東海地方がもっとも確率が高い。」

実に論理が通っていて、この報道に反対する一般の人はほとんどいませんでした。それにNHKなどの「よい子報道」を優先する報道機関は「地震予知の研究が始まる」と報じ、それを東大教授が「近々、起こると考えられる東海地震の構造」を解説、多くの人が「プレート」、「エネルギーの蓄積」などに話題が集中します。

このとき、「なぜ、東海地震なの?」と疑問を呈すると、袋だたきに遭います(この瞬間が原発事故も含めて日本の大きな問題を生じる瞬間なのです)。袋だたきにする人は、政府、東大教授、NHK、権威に追従する性質をもっている知識人、「常識」を重視する人、「みんなで渡れば怖くない」と考える人などです。

しかし、この瞬間に「なぜ、東海なの?」と疑問を呈することが、その後、40年にわたるムダなお金、阪神・東北の地震の犠牲者を少なくすることができる大きなポイントと思います。

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学問を議論する「学会」が、オープンで、どんな発表でも、どんな批判でも許されているのは、人間が難しいことに取り組むときには、オープンで自由な議論が必要であるという経験によっています。「権威のある人」が「正しい」ということではなく、山片蟠桃が言う「大知(多くの人の知恵の方が少数の優れた人の知恵よりレベルが高い)」を実践する方法が学会です。

誰でも参加でき、誰でも発言でき、かならず記名、身分をハッキリさせて議論するというのが絶対に必要なのです。

日本での地震予知、予知研究のはじめの段階で「疑問を呈する人」と「それを取り上げるマスコミ」があったら、阪神淡路か東北大震災の一つぐらいはある程度の警告ができ、それに基づいた対策がとられ、犠牲者を減らすことができたと思います。

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なぜ、東海地震が来ると言われたのか? それは「東大が研究費をもらえるから」であって、「科学的に東海地震が先に来る」と言うことではないのです。官僚の東大教授の議論では、東大に研究費をだすという以外の結論にはなりません。まさか政策準備の段階に席に着いていない東北大学や大阪大学には研究費が行くはずも無いからです。

現在でも、それは同じなので、まず第一に阪神淡路大震災と東北大震災を予知できなかった東大関係の地震学者へ研究費を出さないようにすることでしょう。そして、第二に地震学会を再構築して、自由な雰囲気で議論するようにすることですが、そのためには「役に立つ研究」を止めて「研究費を一律に配る」ということに変更する必要があります。

そして第三にNHK、マスコミ、国民が「決定された経過がオープンでないものは、疑い、批判を試みてみる」という習慣をつけることでしょう。これまでの失敗を反省し、あるいは批判するとともに、将来のことを考えてより進んだ社会にする必要があります。

特に、阪神淡路大震災と東北大震災で犠牲になった方々の無念を晴らすためにも、「なぜ、東海地震の前に2つも大地震が来たのか?」を問わなければなりません。





(平成24131日)


地震の避け方・かわし方(2) 家族の無事を守る方法

http://takedanet.com/2012/02/post_8708.html

地震では、揺れ自体で下敷きになったり、上から落ちてくるものの一撃でショックを受けること、その後の火災でヤケドをすること、津波で流されること、が主な危険です。

このうち、建物の下敷きになったり、上から落ちてくるものの一撃を避けるのは決意さえあれば避けることができます。そのためには「地震予知を気にせずに、自分の住んでいるところの最大震度を調べる」ということに尽きます。

「地震がいつ起きるか」ということを予測するのは非常に難しいのです。それはすでに地殻の中にひずみがあって「明日にでも崩れるかも知れない」という状態でも、それから100年間は崩壊しないということがあるからです。人間にとっては100年はいかにも長いのですが、地球にとっては一瞬だからです。

しかし、どの地域でどのぐらいの地震が起こるか、特に最大の地震がどのぐらいかは、「地震がおこる時期」に比べるとかなり容易なので、精度も高いのが普通です。そこで「地震がいつ起こるかの予知は信じないで、自分の住んでいるところが、最悪の時にどのぐらい揺れるか」を参考にすると、家族を守ることができる可能性が出てきます。

まず、第一にネットなどで住んでいる市町村のホームページから、「最大震度のマップ」を探します。かなり前ですが、私は神奈川と名古屋を調べましたが、それほど苦労せずにマップを発見することができました。

私の場合、神奈川に住んでいた子供の家の最大の震度が4.5、名古屋の震度が5.5であったと記憶しています。マップはかなり詳しく、名古屋で言えば、「区」単位ではなく、もっと細かく公開されていますので、自分の家がどのぐらい揺れるか、また自分の家から逃げるときにどちらが揺れないのかなど詳しく判ります。

その次に、自分が住んでいる住宅の耐震性を調べ、もし最大震度より小さかったら即刻、引っ越しをします。なにしろ家がつぶれてはもともこもないからです。自宅なら補強するか、立て直すか言うことになりますが、なんと言っても「命あっての物種」ですから、生活の中では最優先で出費することでしょう。

幸運にも住宅の耐震性が予想される最大震度より強いなら、今度は家具等です.地震の揺れと普通の家の中のようすは、ネットなどで調べられますから、それを見て「震度5なら、なにが危ない」ということが判ります.

普通の場合、タンスや本棚が倒れる、タンスなどの上に置いてあるテレビ、食器棚の上の電子レンジなどが特に危険なようです.いずれにしても、最大震度にあわせて「平面化(縦に置かずに横に置く)」と「家具や不要不急のものを捨てる」ということで家の中をすっきりします。

アメリカやヨーロッパに行くと、日本の家庭と違ってゴタゴタとおいていないのに気がつきます.これは「一つのことをしてから次のことをする」という欧米人と、平行して複数のことをする日本人の違いもありますが、この際、「家の中を欧米化して、要らないものをおかない」のも大切です.特に電子レンジは重たいので、要注意で、地震の最初の一撃で電子レンジが脚に落ちてきただけで、ほぼ助からないでしょう.

これだけの準備をすると、「安全になった」という実感を得ることができます.家は傾くかも知れないけれど倒れはしない、家具は倒れてこない、そして家具や机の上からものも落ちてこないということですから、後は寝るときに頭の方に落下するものがないように注意するぐらいになります.

寝るときのパジャマも、家専用ではなく、少しの外出をしてもおかしくないようなものを選ぶとか、冬のパジャマはいざというときには1日ぐらい防寒にもなるようなものが良いですね.私はやや厚手のパジャマを着て、布団を軽くするようにしています。これは防災という面もありますが、冬の寒いときなど布団を出たときの温度のショックを和らげるにも役立ちます.

そして、最後に玄関先に、ペットボトル、非常用の治療薬などを準備しておくこと、さらに家の中から鍵がないとあけられない特殊な防御をしているご家庭は、鍵が無くてもすぐドアーが開くように工夫をすることも大切です。

まとめますと、1)最大震度を想定する、2)家が倒れない、3)ものの下敷きにならない、4)重たい物でショックを受けない、5)いつでも飛び出せる服装、6)玄関先にはすぐ手に持てるもの、とそろいますから完璧です.

なにしろ、阪神淡路大震災も東北大震災も予知できなかった地震学者(東大地震閥と言った方がよいですが)のいい加減な地震の予知におびえるより、「日本に住んでいれば地震は仕方が無い」と覚悟を決めて、地震が来ても大丈夫なように準備をしておく方が気が楽です.

また、「つなみ」についてはまた別の機会に書きます.


「takeda_20120201no.407-(10:17).mp3」をダウンロード


(平成2421()


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この国と原発:第4部・抜け出せない構図/6止(その2止) 「国策」の大間建設

http://mainichi.jp/select/weathernews/20110311/konokunitogenpatsu/news/20120128ddm003040137000c.html


◇「ふげん」の後釜…補助金300億円投入

 大間原発の工事は東日本大震災以降、進捗(しんちょく)率37・6%のまま中断している。昨年12月27日の記者会見で再開について問われた枝野幸男経済産業相は「国には権限がない。事業者(Jパワー=電源開発)として最終的に判断されると思う」と述べた。

 だが実際は大間原発の建設は国の強い関与の下に進んできた。源流は旧動力炉・核燃料開発事業団(動燃)が建設した新型転換原型炉(ATR)「ふげん」(福井県敦賀市、廃炉作業中)にある。「ふげん」は使用済み核燃料から回収したプルトニウムなどの再利用が主目的で、79年に本格運転を始めた。高速増殖炉が実用化されるまでのつなぎとして期待されていた。国の原子力委員会は82年、ATR実用化に向けて、Jパワーを事業主体として60万6000キロワットの「実証炉」建設を決定。翌年には青森県大間町を予定地とし、発電した電気は電力9社が買い取る約束だった。

 ところが95年7月、電気事業連合会が国とJパワーに、ATR実証炉を断念しフルMOX軽水炉に変更するよう申し入れる。発電コストが軽水炉の3倍との試算が理由だった。「高い電気は買えない。国のいいなりだった9電力が初めて『NO』を突きつけた」。コスト計算にかかわった東京電力元役員は話す。

 Jパワーの杉山和男社長(当時)=元通産事務次官=は田中真紀子・科学技術庁長官(同)を訪ねてフルMOX軽水炉への転換を要請した。「真っ先に地元の反応を心配した。中止など考えられなかった」(Jパワー元役員)。電力会社の抵抗で原発を保有できなかったJパワーにとっても、建設は悲願だった。

 結局、原子力委も追認。電力業界の希望通り、大間原発が造られることになった。大間原発の総工費は4700億円。商業炉といいながら、うち296億3000万円は研究開発費名目で国の補助金がつぎ込まれている。

 ◇「自立できぬ町に」 推進派町議も悔恨の念

商業用軽水炉では世界初の「フルMOX」となる大間原発。東日本大震災以降、建設工事は止まっている=11年12月27日、袴田貴行撮影

 建設決定から30年、原発への疑問の声は大間町からほとんど消えていた。だが、福島第1原発事故で住民の空気は微妙に変わった。

 反対運動を続けてきた奥本征雄さんは昨年11月、町内で25年ぶりに学習会を開いた。漁師の奥さんから「何か動いて」と電話があったからだ。福島県双葉地区原発反対同盟の石丸小四郎代表に、子供や妊婦を放射能から守る方法を講義してもらった。集まったのは12人だが、皆熱心だった。5人は30~40代の女性。漁師も5人いた。

 「一緒には動けないけど、何かあったら教えてけろ」。そんな声も寄せられるようになった。ただ、「みんな親兄弟、身内がどっかで原発と関わっているので、目立って動けない」と奥本さんは言う。小さな町の中にも「脱原発」を阻む構造がある。

 原発推進派の町議も「議会の中にも反対の声はある。ただ、全員が推進派という立場上、愚痴をこぼすだけ」と明かす。そしてこう嘆いた。「町職員給与の2~3割は(電源3法)交付金。Jパワーからの借金もある。自立できない町になってしまった。政策を間違えた」

 ◇核燃サイクル、矛盾の象徴 プルトニウム大量保有…処理先見えず

 10年末時点のプルトニウム保有量が約45トンに上る日本。核兵器に転用可能なプルトニウムの大量保有は国際的な疑念を招きかねず、大間原発には各原発の使用済み核燃料から出るプルトニウムを消費することが期待されている。だがそれは、核燃料サイクル実現のめどが立たないのに、使用済み核燃料の再処理を続けてきた政策の矛盾の象徴でもある。

 そもそも、炉心全てにMOX燃料を使うことは、フランスの研究炉で実験が行われた例があるだけ。MOX燃料は、ウラン燃料より原子炉を停止する際の余裕が低下する傾向がある。このため、原子炉の製造を担当する日立GEニュークリア・エナジーによると、緊急時に原子炉内の圧力を下げる安全弁の容量を総計5%増やし、高性能の制御棒を開発するなど、既存の改良型沸騰水型軽水炉に新たな改良を加えたという。

 同社は「試験などをして規格を満たさなければ使えず、それなりに開発費はかかる」と説明する。

 実は、炉心の一部にMOX燃料を使うプルサーマルですら、多くの国が撤退した。今も積極的に続けているのはフランスと日本くらいだ。

 小林圭二・元京都大原子炉実験所講師は「プルサーマルに資源的なメリットはほとんどない」と話す。

 さらに、使用済みMOX燃料は、再処理に使用する硝酸に溶けにくい成分が多い。処理にはコストがかさみ、実用的な処理法は開発されていない。

 プルトニウムを埋め立てる直接処分が国内で実現する可能性はほぼゼロで、フルMOXを始めなければ、プルトニウム消費は進まない。一方で始めれば、処理のめどが立たない使用済みMOX燃料が増えていく。注目される「もんじゅ」の存廃議論の裏側で、国策・核燃料サイクルは深刻な袋小路に入り込んでいる。=おわり

この国と原発:第4部・抜け出せない構図/6止(その1) マグロの町、青森・大間に「フルMOX」

http://mainichi.jp/select/weathernews/20110311/konokunitogenpatsu/news/20120128ddm001040131000c.html


◇世界初、進む建設

 今月5日、東京・築地市場の初競りで1本5649万円の最高値をつけて話題になった「大間マグロ」。青森県大間町は「マグロの町」として脚光を浴びているが、世界でも例のない原発の建設が進んでいることは問題視されてこなかった。

 Jパワー(電源開発、本社・東京都中央区)が08年から建設中の大間原発は、炉心の燃料を通常のウラン燃料ではなく、全てMOX(ウラン・プルトニウム混合酸化物)燃料にする予定だ。「フルMOX」と呼ばれ、商業用軽水炉では世界初。出力138万3000キロワットは国内最大となる。そして、国策・核燃料サイクルの一翼を担う。

 MOX燃料を軽水炉で使った場合、ウラン燃料に比べて制御棒の利きが悪くなる。また、使用済みのMOX燃料は発熱量や放射線量が高く、高レベル放射性廃棄物も大量に出る。処理方法も決まっておらず、プルトニウム自体の毒性も強い。

 10年7月には、大間町の対岸18キロにある北海道函館市の住民が原子炉設置許可取り消しを求めて提訴した。訴状で住民は訴える。「実験炉-実証炉などの段階を踏まず、即商業炉でフルMOXを実施するのは技術的に拙速で重大な危険性がある」

 そして、この「初めて」づくしの原発を担うJパワーにとって、原発保有は初めてだ。

 大間原発の歴史は76年4月、町商工会が町議会に原発の立地調査を請願したことから始まる。当時はマグロの不漁期だった。「経済的な不安が背景にあった」と、当時から反対運動を続けてきた同町の元郵便局員、奥本征雄さん(66)は言う。

 だが、マグロは戻ってきた。奥本さんは、無念そうに話す。「今のように取れていれば、原発の誘致はなかった」

この国と原発:第4部・抜け出せない構図/5 「原子力ムラ」の建言

http://mainichi.jp/select/weathernews/20110311/konokunitogenpatsu/news/20120126ddm002040071000c.html


◇「ざんげ」しても「必要」

 東京電力福島第1原発事故で危険な状態が続いていた昨年3月下旬。原子力分野の指導的立場にある約30人に1通の電子メールが届いた。「原子力の平和利用を進めてきた者として、事故を極めて遺憾に思うと同時に国民に深く陳謝いたします」との一文で始まる「福島原発事故についての緊急建言」が添付されていた。

 建言作成の中心は原子力安全委員会の松浦祥次郎・元委員長、住田健二・元委員長代理、田中俊一・元原子力委員会委員長代理の3人。「なぜ謝らなければならないのか」と拒否した人もいたが、関連学会の会長経験者ら16人が建言に名を連ねた。

 政府や東電の対応の鈍さに業を煮やし、「英知を集め、総合的かつ戦略的な取り組みが必須」と訴えた「原子力ムラ」内部からの異例の建言は、4月1日の記者会見で公表された。折しも、政府が「復興に向け歩みを進める段階に入った」として、多くの閣僚が防災服からスーツ姿に「衣替え」した日。平静を装う官邸と対照的に、田中氏は「炉心がかなり溶けている。これほど国民に迷惑をかけると予想しなかった。私たちには原子力を推進してきた責務がある」と硬い表情で語った。

 16人は事故をどうとらえたのか。


 毎日新聞の取材に、99年のジェー・シー・オー(JCO)臨界事故時に現地で対応の指揮を執った住田氏は「安全神話が崩れたというJCO事故の教訓を10年間生かさなかった。電力会社からは『あんな田舎企業がやらかしたことは我々に関係ない。対策を取れば自分たちまでいいかげんなことをしていると思われる』という声も聞こえた」と歯がゆさをにじませる。

 斎藤伸三・元日本原子力学会長は「現場と本社幹部の意思疎通が欠けている。いわゆる大会社病」と分析。元原子力委員会委員の一人は「お互いに理解し合っていて、一言言えば全部分かってしまう世界。建設的な議論が起きることはなく、批判が政策に生きることはほとんどなかった」と閉鎖的な体質を指摘した。

 だが、さすがに原発不要論を明確に打ち出す人はいない。

 永宮正治・元日本物理学会長は「原子力技術は人類が手に入れた大きな資産。手にしたものを放棄するのはもったいない」。成合英樹・元日本原子力学会長は「原子力は極めて素晴らしい。世界のエネルギー競争が始まり、脱原発なんて言ってられない」と訴えた。

 政府は事故後、原子力安全規制のあり方などを考える「原子力事故再発防止顧問会議」を設置し、座長に松浦氏を選んだ。同会議は昨年12月、事故の再発防止のための提言をまとめ、今年4月に発足する「原子力規制庁(仮称)」について、事業者などからの独立性の確保を強調し、ムラからの脱皮を求めた。

 松浦氏は76年間の人生を振り返ってこう言う。「エネルギーの足りない時代を生きた自分としては、今の日本の人口で生活レベルを維持しようとしたら原子力の安全を確保しながら使わないとやっていけないのではないか、と思う」

 事故に「ざんげ」した重鎮が指摘したムラの体質。変えていくことはできるのか。まだ、答えは見えない。=つづく

この国と原発:第4部・抜け出せない構図/4 環境省、口を挟めず

http://mainichi.jp/select/weathernews/20110311/konokunitogenpatsu/news/20120125ddm002040056000c.html


温室効果ガスの排出削減目標を話し合った97年の地球温暖化防止京都会議。日本は交渉で浮上した「90年比6%削減義務」が受け入れ可能かを検討する中で、エネルギー供給をどうしていくかが課題となった。

 だが、温暖化対策の中心であるはずの環境庁(現環境省)は蚊帳の外だった。当時、通商産業省事務次官だった渡辺修・石油資源開発社長は当然のように語る。

 「6%削減受諾の前提として、原発は織り込み済みだった。(通産省としては)原発がこれくらいできれば、これくらい(温室効果ガスが)減らせる、と」

 原発推進に慎重な職員も多い環境庁。当時の幹部は「エネルギー供給に環境庁が関わることに通産省の抵抗は強く、口を挟めなかった」と打ち明ける。

 国際社会は冷戦終結後、新たな危機として地球温暖化に目を向けた。原発は「温暖化防止の切り札」と位置づけられ、新増設の「アクセル」に使われた。長く温暖化対策に携わった別の環境省元幹部は「原発推進は国の政策に盛り込まれていた。我々が原発を話題にするのはタブーだった」と振り返る。

 そもそも環境省は温暖化対策を守ることにすら苦労していた。京都議定書批准のため国内制度作りを目指したが、産業への影響を心配する与党議員や経済界が「不平等条約」と反発。「批准が最大の環境対策と考え、原子力に注文を付けることは念頭になかった」(元幹部)。02年3月、批准のためにまとまった政府の地球温暖化対策推進大綱に「原子力の推進」という項目が作られ、「原発の発電量を10年までに3割増やす」との目標が明記された。

 環境省には「圧力」もかかった。92年の国連環境開発会議(地球サミット)後、民間団体を支援する地球環境基金を創設する法改正を巡り、自民党から「反原発の団体には援助しない」という条件を付けられた。与党議員から「環境省も(原発を)応援しろ」と詰め寄られた幹部は多い。

 政権交代後、さらに原発は深く入り込む。09年9月、鳩山由紀夫首相(当時)は20年までに温室効果ガスを90年比25%減という新目標を表明した。その直後、九州電力川内原発3号機(鹿児島県)建設の環境影響評価を巡る環境相意見に「温室効果ガス排出削減には、安全確保を大前提として原発の着実な推進が必要」と、原発の環境影響評価で初めて「原発推進」が入った。

 温暖化対策推進の先頭に立つ研究者も、原発推進の一端を担わされていた。安倍、福田両政権で内閣特別顧問として温暖化政策に助言した山本良一・東京大名誉教授は08年、原子力委員会の懇談会座長として、温暖化対策のために原子力利用の拡大を求めるという報告書をまとめた。

 山本さんは「原発は有効な手段と思った。だが、事故時に制御できない原発は技術とは呼べず、県民の人生を壊すという倫理的問題もあると分かった。それらの問題を指摘できず後悔している」と話し、こう続けた。

 「政府は、進まない原発の新増設や放射性廃棄物の問題などで閉塞(へいそく)感が漂っていたところ、温暖化対策が厳しい状況になり、『それに乗ろう』となったのだろう。温暖化リスクの方が原発よりはるかに高いと考えていたが、地震国日本では逆だった」=つづく

この国と原発:第4部・抜け出せない構図/3 エネルギー政策転換

http://mainichi.jp/select/weathernews/20110311/konokunitogenpatsu/news/20120124ddm002040100000c.html


◇民・自、抵抗勢力が逆襲

 「脱原発と言うが、自然エネルギーへの転換を本当にできると思うのか」。昨年7月、東京都八王子市で開かれた民主党議員の会合で、地元選出の阿久津幸彦衆院議員に相沢耕太市議が詰め寄った。阿久津氏は「脱原発」を明言した菅直人首相(当時)の側近。相沢氏は東京電力労働組合出身。出席者は「阿久津氏を支援する東電労組による勤務評定のように見えた」と話す。

 阿久津氏は「再生可能エネルギーをビジネスチャンスと考えるように(電力会社、組合も)なってきている」。これに対し相沢氏は「この状態で(阿久津氏を)支援するかは分からない」と明かす。

 電力会社の労組などが加盟する「電力総連」(組合員22万人)は選挙で民主党を支援し、原発推進を求めてきた。東電労組出身の小林正夫参院議員が改選を迎えた10年、政治団体「電力総連政治活動委員会」は選挙準備に2650万円を投入した。小林氏は「どこに行っても総連が地元を知る案内役をつけてくれた」。民主党の比例代表候補で4番目の20万7000票を獲得し、再選を果たした。

 民主党は96年の結成当初は、原発に慎重な姿勢だった。だが、自民党出身者や電力総連の支援を受ける旧民社党系議員が合流し、原発容認姿勢を強める。政権交代後の10年には、30年までに原発14基以上を増設するなどとした「エネルギー基本計画」を閣議決定。菅氏は脱原発に転換したが、党内では再び、原発容認の声が強まろうとしている。

 「エネルギー供給体制をどうするかも踏まえ、短期、中期、長期の観点で考えていかなければならない」。昨年10月、党の「エネルギープロジェクトチーム(PT)」の初会合で、座長を務める日立製作所労組出身の大畠章宏衆院議員は、当面の電力確保のために原発利用も議論する意向を示唆した。PTメンバーの一人は「元原発プラント技術者の大畠さんが座長に就いた時点で、脱原発志向のPTではなくなったのかもしれない」とつぶやいた。

 一方、1955年の結党以来、電力業界とともに原発を推進してきた自民党。昨年7月に「総合エネルギー政策特命委員会」を設置し、エネルギー政策の見直しを始めた。原子力政策と関わりが少なかった山本一太参院議員を委員長に起用。谷垣禎一総裁は「どこに問題があったのか総括しなくてはならない」と意欲を見せた。

 だが、「世論が落ち着くまで結論を急ぐ必要はない」とする旧通産省出身の細田博之元官房長官ら原発推進派の意見が目立つようになり、すぐブレーキがかかる。昨年8月に予定した中間報告の取りまとめは今年6月ごろに先延ばしされた。

 今年に入って幹部からは「原発をやめる選択肢はない」(石原伸晃幹事長)などの発言が相次ぐ。今年の党運動方針の原案には、定期検査で停止中の原発について、安全確保が前提としながらも「再稼働が必要」との表現が盛り込まれた。山本氏が「特命委の議論が終わっていない。喉元過ぎれば熱さ忘れるでは良くない」と訴えて「検討」の2文字が追加されたが、脱原発を目指す自民党議員の一人は嘆く。

 「時計の針が原発推進に巻き戻されようとしている」=つづく

この国と原発:第4部・抜け出せない構図/2 議員立法に業・官の壁

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◇「電力に落選させられた」

 昨年8月、再生可能エネルギー固定価格買い取り法(再生エネ法)が成立した。電力会社に対し、太陽光など自然エネルギーを使って個人や事業者が発電した電力の全量買い取りを義務付ける法律だ。

 「感慨無量ですね」と、愛知和男・元環境庁長官は言う。


 実は12年前、愛知氏(自民)が会長を務める超党派の「自然エネルギー促進議員連盟」が同様の議員立法を試みた。しかし、愛知氏は直後に落選。議員立法も頓挫した。「電力会社に落とされた」と愛知氏は受け止めている。

 発端は、自然エネ普及の市民運動をしていた飯田哲也氏(現・環境エネルギー政策研究所長)が98年、福島瑞穂参院議員(社民、現党首)や愛知氏ら環境問題に関心の深い与野党の国会議員に、議員立法の研究を呼びかけたことだ。「二項対立を超え、政治を巻き込んで政策を練り上げる欧州流の活動を目指した」(飯田氏)。あえて「脱原発」を掲げず、自民党の議員にも積極的に接触した。

 その結果、99年11月24日に自然エネ議連が発足した。参加者は257人を数え、梶山静六氏ら自民党の大物も名を連ねた。

 飯田氏らと勉強会を重ねた愛知氏らは、00年4月には法案を完成させ、各党に持ち帰っての手続きに入った。ところが、同年6月に衆院が解散。宮城1区の愛知氏は民主党の新人、今野東氏(現参院議員)に1万5000票差で敗れた。予想だにしなかった敗戦だった。

 「東北電力が何もしてくれなかった。後で気づいた」と愛知氏は振り返る。それまでの選挙では社員を動員してもらい、日ごろからパーティー券も買ってもらっていた。「選挙の応援は経営側が私、労組は民主党と決まっていた。でも、あの選挙で動いたのは労組だけだった。『ああ、そういうことをするのか』と思ったね」

 愛知氏の落選後、自然エネ議連は橋本龍太郎元首相を会長に迎えるが、事務局長の加藤修一参院議員(公明)は「予想に反し、動きは鈍かった」と話す。やがて橋本氏は「法案は政府提案で」と言うようになり、議員立法は立ち消えになった。

 愛知氏は「議連には電力業界に近い『監視役』もいた。我々の動きは役所に筒抜けだったと思う」と話す。

 一方、通商産業省(当時)は自然エネ議連発足直後から、別の法案作成の動きを活発化させた。紆余(うよ)曲折を経て、買い取り義務のない「電気事業者による新エネルギー等の利用に関する特別措置法」が02年に成立。飯田氏は「通産官僚と電力の壁に阻まれた。官僚側は政策決定の主導権を奪われることを警戒していた」と話す。

 それから10年。成立した再生エネ法は、買い取り価格や期間の決定を第三者機関「調達価格等算定委員会」にゆだねた。官僚の裁量で決められることを防ぐため、国会審議で追加された仕組みだ。

 ところが、経済産業省が提示した算定委の人事案は、候補5人のうち3人が再生エネ法に反対または慎重な人物だった。「官僚の反転攻勢だ」(野党議員)との声も上がる。昨年12月5日には与野党5議員らが撤回を求めて記者会見した。

 形の上では民主、自民、公明3党の推薦リストに基づき、経産省が決めたことになっている。しかし、柴山昌彦衆院議員(自民)は「党内の担当部会長も(推薦の)経過を聞いていないと言っている。人選のプロセスに問題がある」と訴えた。ある政府関係者も「誰がどんなリストを出したのか、誰も分からない。そんな状態で政策が決まっていくというのは、日中戦争の前のようだ」と話す。

 一方で、経産省資源エネルギー庁の担当者は「最終的には大臣が判断した。3党がそれぞれどういうリストを上げてきたか、我々の立場では言えない」と口を閉ざす。

 人選の変更はあるのか。不透明感だけが膨らむ中、人事案は24日召集の通常国会に提出される見込みだ。=つづく

この国と原発:第4部・抜け出せない構図/1(その1) 重鎮学者が会社設立

http://mainichi.jp/select/weathernews/20110311/konokunitogenpatsu/news/20120122ddm001040077000c.html?inb=yt

◇資金調達、直弟子に寄付


 06~10年度、東京大で原子力を専攻する研究者が受け取った奨学寄付金を集計すると、意外な結果が出た。最も多額の寄付をしたのは、「IIU」という無名の株式会社で計600万円。三菱重工業(計567万円)やIHI(計400万円)などを上回る額だ。寄付額6位にも、NPO法人「日本保全学会」(計327万円)という耳慣れない組織が顔を出している。

 背景を探ると、学者自身が企業や学会を作り研究資金を調達している構図が浮かんだ。

 IIUと保全学会には共通点があった。ともに03年、宮健三・東大名誉教授が設立し、トップを務める。IIU本社は東大本郷キャンパスから100メートルほどのビルの一室にあり、保全学会事務局も同居する。宮氏は東大で原子炉機器工学を研究。01年の退職後も原発老朽化対策を検討する国の委員会の委員長などを歴任し、学界の重鎮として知られる。

 両組織からの東大への寄付は、ほぼ全てが大学院原子力専攻長を務める上坂充教授と、同じ研究室の出町和之准教授あてだ。両氏とも宮氏の教授時代、研究室に助教授や大学院生として所属した「直弟子」にあたる。

 IIUの登記簿などによれば、原発の維持管理技術開発などが主な業務で、電力会社からも仕事を受託。独立行政法人・原子力安全基盤機構から助成金を受けたこともある。

 保全学会も原発の維持管理技術がメーンテーマ。法人会員には電力各社や三菱重工業、東芝など67社が名を連ね、役員は研究者や電力会社幹部が務める。10年度収支計算書によると、2049万円の会費収入のほか、講演会の事業収入などが4628万円あった。

 上坂氏らに集中して寄付するのはなぜか。宮氏は取材に当初、保全学会の寄付について「上坂先生らが参加する保全学会の分科会で、軸受けの損傷を測定する技術を研究している。その研究への助成金」と説明した。支出の手続きについては「分科会には主査や幹事もいて、参加者の合意で審査している。メンバーは個人情報なので言えない」と答えた。IIUについては「私企業なので」と説明を避けた。

 ところが、保全学会が発行する学会誌の記事から「審査」の状況が判明する。

    ◇

 東京電力福島第1原発事故を経験しても、この国の「原発推進」体制は変わっていないように見える。なぜ抜け出せないのか。構図を追う。

<核燃料コスト隠蔽>聴取せず調査終了 経産省の職員証言

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120205-00000006-mai-soci


 経済産業省の安井正也官房審議官が04年、使用済み核燃料を再処理せずそのまま捨てる「直接処分」のコスト試算の隠蔽(いんぺい)を指示した問題で、当時の内部調査で事情を聴かれたとされる25人のうち2人が取材に対し「事情聴取を受けずにいきなり処分された」と証言した。真相解明すべきなのに、ずさんな調査で早期幕引きを図った疑いがある。しかし、経産省は「既に徹底的な調査をした」として再調査しない方針で、隠蔽体質の根深さが浮かび上がった。【核燃サイクル取材班】

【この国と原発】抜け出せない構図 政官業学結ぶ原子力マネー

 直接処分のコスト試算を巡っては、04年3月、参院予算委員会で社民党の福島瑞穂党首が「再処理しない場合のコストはいくらか」と質問し、経産省資源エネルギー庁の日下一正長官(当時)が「コスト試算はない」と答弁した。しかし同7月、直接処分の方が安価であるとの試算の存在をマスコミが一斉に報じたため経産省が職員25人を事情聴取し、同8月までに安井氏を含む計13人を処分(厳重注意など)した。

 この際、経産省側は「(安井氏らが)試算の存在を知ったのはマスコミの取材を受けた7月。(部下が)報告したのにとどまった(隠した)ということもなく悪質ではない」と説明した。

 しかし毎日新聞の報道で、実際は同4月、部下から試算の存在について報告を受けたエネ庁原子力政策課長(当時)の安井氏が「見えないところに置くように」と指示したことが判明している。当時の内部調査について、25人のうち1人は「夏休みに那須高原(栃木県)にキャンプに行っていたら携帯に電話があり、呼び戻され処分された。聴取は受けていない」、もう1人も「発覚当時海外にいた。帰国したらすぐ処分された。聴取された記憶はない」と話した。また聴取を受けた職員も「7月中旬に1回、30分程度。『試算の存在を知っていたか』など簡単な内容で真相を突き止めようという感じではなかった」と証言した。

 当時の中川昭一経産相は記者会見で「多くの人に1人1時間以上かけて(聴取した)」と強調した。枝野幸男経産相はこれを踏まえ1月6日の閣議後の記者会見で「徹底的な調査と処分が行われている」と語った。

 ◇「再処理へ力ずく」政府審議会メンバー怒り

 使用済み核燃料を直接処分する際のコスト試算の隠蔽問題が広がりを見せ始めた。04年当時「再処理継続か、直接処分に政策転換か」について論議していた国の審議会メンバーからは怒りの声が上がり、社民党の福島瑞穂党首は再調査や経済産業省の安井正也官房審議官の更迭を求め、国会質問を行う予定だ。

 経産相の諮問機関「総合資源エネルギー調査会・電気事業分科会」は、直接処分のコスト試算は存在しないという前提で審議を重ね、同6月、青森県六ケ所村の再処理工場稼働に伴う費用約19兆円を国民が負担する制度を取りまとめた。

 分科会の委員だった八田達夫・大阪大招聘(しょうへい)教授(公共経済学)は「(試算がないなんて)おかしいと思ったが、力ずくでやってしまうんだなという雰囲気だった」と振り返り、「再調査すべきだ。その間、少なくとも安井氏を(原子力安全規制改革担当審議官から)外すべきだ」と批判した。

 分科会に委員を送っていた日本生活協同組合連合会の小熊(おぐま)竹彦政策企画部長も「直接処分のコストの方が安いことが分かると、19兆円を負担させる制度導入に支障が出るから故意に隠したのではないか。経産省には説明責任がある。けじめをつけないと同じことが繰り返されかねない」と話す。

震災がれきの受け入れに賛成する

※2月3日の河野太郎氏のブログ「ごまめの歯ぎしり」より転載します。

http://www.taro.org/2012/02/post-1159.php


2011年12月20日に、神奈川県の黒岩知事がいわゆる震災がれきの受け入れを表明されました。私は、この知事の対応を評価すると同時に、賛同したいと思います。

ええーっ、と思う方もいらっしゃるかもしれません。なぜ、私が黒岩知事の決断を支持するのか、ご説明します。

まず、どんなに放射線量が少なくとも、放射性物質を動かすことに反対するという反対意見があることは承知しています。

しかし、神奈川県は、すでに県内各自治体で発生したゴミの焼却灰を一部、県外で埋め立て等の処理をしていただいています。

また、下水処理場の汚泥の焼却灰を、現在は処理場の敷地内で保管していますが、いずれ敷地内では保管しきれなくなります。その時に、どんなに放射線量が少なくとも放射性物質は動かせないといえば、下水の処理をすることができなくなります。

ですから、放射性物質は何でも動かすなという意見は現実的ではありません。

さて、黒岩知事が受け入れを表明した震災がれきの発生地の岩手県宮古市は、福島第一原発から260km離れています。川崎市や横浜市は、むしろ宮古市よりも原発事故地に近いぐらいです。
福島第一原発からの距離を比べてみると、
宮古市  260km
横浜市  253km
川崎市  242km
相模原市 254km
横須賀市 267km

そして、2012年1月28日の空間放射線量率の最大値は
宮古市  0.052マイクロシーベルト/時間
茅ヶ崎市 0.047マイクロシーベルト/時間

つまり、宮古市は、福島第一原発の事故の影響を神奈川県よりも強く受けたわけでもありませんし、現在の放射能濃度は神奈川県とほぼ同じレベルです。

さらに、神奈川県が受け入れるがれきの放射能濃度は、1kgあたり100ベクレル以下のものに限られます。この1kgあたり100ベクレル以下の物質は、定義上も通常の廃棄物であり、通常は、放射性物質としては取り扱われません。

やはりがれきの受け入れを表明している東京都が、実際に宮古市からがれきを持ってきて、東京都内の施設で選別・破砕した可燃物の放射性物質濃度を測定したデータがあります。

データは三つのケースに分かれていて、

A 都内のゴミと完全に分け、確実に震災がれきだけの状態で処理して放射性物質濃度を測った場合

B 一つのラインで、時間帯を分けて都内のゴミと震災がれきを流した場合(つまり若干都内のゴミが混ざった状態)

C 都内のゴミと震災がれきが混ざった状態で流した場合

Aは検出限界(40ベクレル/kg)以下、Bは60ベクレル/kgと95ベクレル/kg、Cは111ベクレル/kg。このデータを見ると、論理的に考えて、都内のゴミの放射性物質濃度のほうが宮古市のがれきよりも高いことになります。

2011年9月14日に宮古市清掃センターの焼却灰の放射性物質濃度を宮古市が測定したデータは、133ベクレル/kgでした。

私の地元の相模川流域下水道右岸処理場の汚泥の焼却灰の放射性物質濃度は、2012年1月16日の測定で、1024ベクレル/kgでした。つまり、宮古市のがれきの焼却灰は、実際には、神奈川県の下水処理場の汚泥の焼却灰よりも放射性物質濃度が低いことになります。

それでも理論的には、最大で100ベクレル/kgの放射性物質濃度のがれきが来る可能性があります。このがれきを焼却すると、セシウムが濃縮され、放射性物質濃度は1600ベクレル/kgから3300ベクレル/kgになる可能性があります。

これらがどれぐらいの放射能かというと、

もし100ベクレル/kgのセシウムを含む食べ物を、1kg食べると、セシウムが、有効半減期約89日で減少しながら体内に留まる間の内部被曝の総量は0.0013ミリシーベルトになります。

もし3300ベクレル/kgのセシウムを含む食べ物を1kg食べた場合、内部被曝の総量は0.043ミリシーベルトになります。

これは、東京とニューヨークを飛行機で往復した時の被曝量0.2ミリシーベルトと比較しても非常に小さい値です。

そして、神奈川県の管理型最終処分場の地元のご了解を頂ければ、このがれきの焼却灰を防水性のあるフレコンバッグに入れて、管理型の最終処分場に運搬して、フレコンバッグのまま埋め立てます。

神奈川県内の管理型の最終処分場の底は、こうなっています。


保護砂 50cm
保護マット 不織布
熱可塑性ポリウレタンシート
漏水検知センサー
中間保護層 不織布
熱可塑性ポリウレタンシート
ベントナイト混合土 20cm
底面部コンクリート 10cm


万が一、シートが破損してもセンサーがそれを検知できるようになっています。

この上に、既存の廃棄物層があり、その上に50cmの土を盛ったうえでフレコンバッグに入った状態で焼却灰を埋め立てて、上から3m覆土します。

神奈川県の下水道公社が実際に測定した結果では、一般環境の空間放射線量率が0.05マイクロシーベルト/時間の時、1060ベクレル/kgの焼却灰を10cmの厚さで土で覆うと放射線量は0.10マイクロシーベルト/時間になり、20cmで0.08マイクロシーベルト/時間、30cmで0.06マイクロシーベルト/時間、50cmの土で覆った時に0.05マイクロシーベルト/時間と一般環境と同じレベルになりました。

ですから3mの土で覆えば、放射線量は全く影響がなくなります。

さらに、埋め立て後も空間線量率および地下水などの放射性物質の測定を行いますので、きちんとモニターすることができます。

これだけのことをしていますから、極めて安全だと思います。

現在も、神奈川県内の各自治体では、ゴミや汚泥を焼却していますが、バグフィルターが放射性物質の99.9%以上をその排ガスから取り除いています。

黒岩知事の呼びかけに答えて、神奈川県の管理型最終処分場の地元のご了解を頂けるようでしたら、横浜市、川崎市、相模原市ががれきの焼却に協力してくれるようです。この三市以外の自治体でも、ぜひ、一度、がれきの焼却の受け入れを市議会などで検討してみていただきたいと思います。

がれきの処理なくして、東北の震災復興はありません。お手伝いできるところは、ぜひ協力していこうではありませんか。