パニック障害、切迫早産で入院。 -2ページ目

今も生きた心地はしない
生後2日の娘はNICUへと搬送されていった
救急車の音が忘れられない
バタバタとする看護師さんたち
なんだろうと見てる人たち
私だけが虚ろに赤いランプを見つめてた

私の子はどうなるのだろう
体重もあるのに、週数も早産扱いではないのに何故元気に泣かないのだろう
けいれんのようなあの動きが目に焼き付いて離れない

産んだあとすぐ保育器に入り抱けなかった、遠くから見てるだけだった
他の赤ちゃんの泣き声が大部屋に響くたびに子宮が痛かった、泣きたくもなった。

同じ日に産んだ人のもとへ赤ちゃんがやってきて、泣いて泣いて泣き止まない
つらいよーと旦那に話す声をねたんだりもした
私はその辛さを味わいたかった
ふさぎこみ食欲などなく看護師さんが気をつかって個室へと移動してくれた
お腹にいない感覚、ぺたんとしたお腹を無意識に撫でては嫌なことばかり考える

ただひとつ思うのは早く会いたいということ

涙は出なかった
私の命の半分が遠く離れている、一人で頑張っている
命がある、ということに感謝した。
もちろん不安と自責の念は途切れることなく私を襲った。

私を一人にしないで
支えてくれる旦那、家族、友人、全てを忘れて我が子に願い全てに祈った
赤ちゃんを助けて、私の大切な命の半身を取り上げないで。

NICUは仕切りなどない
旦那はすぐに赤ちゃんを見つけ出した、産んだ私じゃない
少し驚いた
私の子はすやすやと眠っていた、泣き声は聞かしてくれなかった、脳波をとっているようだった
なんと愛しい寝顔なのかと思った。

隣の赤ちゃんの母親が入ってきて自分の子を見て涙を拭いていた
笑って泣いて元気そうな赤ちゃんだった、小さくもないのに、と思って
そしてまた思った

私の子だけでなく頑張っているこどもたち、そして私のように悩む親たちが救われてほしいと。

優しい看護師さんたちは一人の人間として赤ちゃんに話しかけていた
それが私は嬉しかった、そうなんです、この子は産まれているんです、存在しているんです
この日はじめて我が子を抱っこした、泣きたい気持ちをおさえて話しかけた
体をよじる赤ちゃんが本当にかわいい
ぶっきらぼうな旦那もこの日は少し笑って赤ちゃんを抱いた

ただ期待しないように浮かれないように退院という言葉を遠ざけている、
期待していてばっさりと斬り捨てられるようなことを言われたら?退院なんてあり得なかったら?と考えるのは悪いことばかり

母はそんな私に怒りを露にした
「期待してなにが悪いの?赤ちゃん頑張ってるのに期待しないの?どんな病気がでてくるかわからないけど、それでも退院する日はくるよ?それなのに応援しないの?どんな子だって愛してるでしょ?私は愛してる、あんたが無理でも私が育てる」

腹を決めてる母親と決めあぐねている私
断言する母親と何も言えない私
でもどんな子でも愛してるのは同じだ
だって望んだこどもだもん、何回も会いに行って何倍にも増す愛情

ぶっきらぼうで赤ちゃんに興味のなさそうな旦那が言った「二人とも愛してる、だから心配するな」という言葉

私は覚悟を決めなくてはならない
明日、結果がでる。
私はそれを聞いて受け止めよう
母親だから。