わたしは長い年月にわたって、農薬も化学肥料も使用せずに栽培した玄米を主食にして生きてきました。味噌や醤油といった調味料も、有機栽培された原料を使用し、完全無添加のもののみを使ってきました。おかずについては限界があって、すべて有機栽培されたもの、というわけにはいきませんが、とにかく可能な限り農薬や化学肥料を避けてきたわけです。
そのおかげなのでしょうか、ほとんど病院のお世話になることなく生きてこられました。やはり農薬などは、体内にため込まないように心がけるのがよろしいかと実感しています。だからといって、現在の農業を根底から見直して、完全に有機栽培に転換するべきだ、とはまったく思っておりません。むしろ農薬や化学肥料を大いに利用するからこそ、現在の生活が保たれていると認識しています。
今からおよそ100年前、世界人口は10億人だったそうです。その人口が現在では80億にも肥大しています。実はこの鰻登りな人口増加と化学肥料の普及は相関関係にあります。化学合成された肥料は1913年に工業化され、以後その生産量は増加の一途をたどりましたが、それと軌を一にして世界人口も増大していったのです。もちろん化学肥料は農薬と組み合わせて利用されなければなりません。つまるところ農薬と化学肥料によって、現代の文明は維持されていると言えるのです。
もしも農業がすべて有機栽培となったら、現在の人口はとても維持することができません。この現代という時代において、わたしが有機栽培された玄米を主食にできるのは、ひとえに農薬と化学肥料に頼った農業が主流となっているからともいえます。有機栽培された作物にこだわる層は少数派だからこそ、無農薬無化学肥料の農作物が栽培できるとも見ることができるでしょう。
時に現在の農業は石油と天然ガスによって成り立っています。農薬も化学肥料もそれらなしでは製造できません。現代では人びとは間接的に石油と天然ガスを食べて生きている、ともいえるでしょう。つまり石油と天然ガスの供給が途絶したとき、現代の文明は終焉を迎えるということです。石油は太古の生物の死骸によって生成された化石燃料であって、いずれは枯渇する運命にある、という考えが主流ですが、それとは別に石油は地球内部で生成され続け、無尽蔵に採掘できる、という主張もあります。どちらがほんとうなのか、わたしにはわかりようもありません。それはともかく、石油が化石燃料ならばいつかは枯渇して、今の文明は終了することになるでしょう。もし無尽蔵に生成されるとしても、有害物質の大量放出をともなう石油化学は、やがて今の文明を腐食させて崩壊させるでしょう。どちらにしても現代の簡便な生活を数多の人びとが享受できる社会は、長い人類の歴史の中で突発的に出現した、打ち上げ花火のような一瞬の夢幻でしかないと思われます。畢竟するところ人類が生き延びるとしたならば、必然的に前近代的な社会へと後退する以外にないのではないか。そしてそのような社会形態で生きるのが、ほんらいあるべき自然な姿なのかもしれません。