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「ゆのすけ_INFJ社会人」

INFJの若手社会人です。
仕事に悩む若手社会人や部下に悩むベテラン社会人に
「こんな人もいるんだ...」と穏やかな心を持つ一助になれれば嬉しいです!

僕は、本を比較的読む人間なんだけれど、苦手なものがある。

「ぺらっぺらな自己啓発本」だ。

このぺらっぺらはもちろん本の厚みのことではない。

 

自己啓発本というからには、

読者は「成長したい」「自分を変えたい」を思っていることが多いと思う。

実際私は読書を通して自分に足りない「何か」を教えてくれるんじゃないかと淡い期待を持っている。

 

ただ、時々遭遇するのが、課題の本質ではなく

内容の薄いポイントやメソッドを紹介しているものだ。

 

僕は著者が、

事実の奥にある本質を読者に見抜かせて、気づきを与えているか」に期待し過ぎているのかもしれない。

 

例えば、コミュニケーションをうまくするには?で笑顔が大事という話があったとする。

「人間関係は笑顔が大事。だから毎日笑顔でいよう。」

こういうのを読んだ時、笑顔が大事なのはわかってんだよ。わかってるけど、できないから困ってんだろ。

それは事実=改善策になっているだけなんだよ。ほぼ周知の事実を並べているだけじゃねえか。とひねくれてしまう。

 

では、内容のありそうな本ではどうか?

「人間関係は笑顔が大事、それは信頼感だけでなく安心感を与えることになる。そういった安心感は話を遮らない傾聴や、相手の立場に立ったフィードバックからも生まれるが、一番誰でも練習できるのが笑顔だろう。」

といったところだろうか。

この微妙なニュアンスの違いがわかってもらえるだろうか。

 

こんなめんどくさい人間の言っている意味がわかるあなたは、めんどくさい友達を1人作れるかもしれません。

 

※具体例は、生成AIさんに作成してもらいましたので、特定の本を中傷しているわけではありません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さっき私は、自分がどう仕事をしたいかようやく言語化できた。

ずっと何か違うと思いながらモヤモヤして、上司との1 on 1でもうまく伝えられていなかった。

 

仕事ではよくいろんな人に言語化を誉めていただけることがある。

報告資料やデータ整理などある事象に対してまとめることは好きだし、得意だと思う。

 

だけれど、私は自分で言語化を苦手に思っているところがある。

なぜなのか?

それについてもこの記事を書いていてようやく言語化できた。

 

私は、「自分の気持ちを言語化すること」がすこぶる苦手なのだ。

これはいいな/嫌だなを直感で判断してきたし、大体その直感はあたってきた。

ただ、その直感を言語化できないし、だからどうしたら良いかもわからない。

 

仕事で言えば、常にキャリアに対して不安もあるし、今の仕事にも不満やモヤモヤを感じている。

なぜ不安や不満があるのか?

たぶん、仕事で手持ち無沙汰な時間が多すぎるからだと思う。

 

ただ、仕事のボリューム的には他の人と変わらないし、むしろ多い可能性すらある。

じゃあ、業務負荷が足りないのかと思い、異動願も出している。

 

ただ、本質はそこではなかったことに気がついた。

私が欲していた仕事は、「スピード感のある仕事」だった。

 

前に投稿したチャットの話にも現れているが、

私はスピード感のあるやり取りで、素早く仕事を進めることを求めていた。

 

やっと自分の想いを言語化できた。一見こんな簡単なことなのに。

自分の気持ちを言語化することはどうしてこんなに難しいのだろう。

自分の想いを表に出すことはどうしてこんなに苦しいことなのだろう。

 

とはいえ、この言語化により

自分がやりがいを感じる原動力と自分自身の構造の一部を理解した。

必要な燃料と構造が分かれば、あとは道を決めて運転するだけだ。

 

自分が三輪車なのか、ダンプカーなのか、スポーツカーなのか

それはわからないから、どれくらい進めるか動かしてみないとわからない。

 

とりあえず、あとは自分に合った目的地を見つけよう。

カーナビはこれまでの直感が何とかしてくれるだろう。

 

 

 

世の中には、スマートフォンの画面にメールやLINEの通知を貯金のように溜め込んでいる人がいる。

そういった画面上での通知のインフレ現象に対して、どうしてそうなるのかいつも疑問に思っている。そこで、この記事をきっかけとして、考えてみた。

 

メールの場合、迷惑メールが多いのだと想像している。メールアドレスはいろんなサービスを受けたり会員登録をしたりするときに入力を求められる。様々な場面で使用してきたことで膨大な量の広告やメルマガのようなものが届いてしまっているのかもしれない。

また、LINEのようなチャットアプリが主流となり、昔のガラケー時代のようにコロコロとアドレスを変えるようなことがなくなったのも一つの原因だと思う。

 

では、LINEなどのチャットアプリではどうか?

中には、仕事とプライベートで併用していて、業務時間外には使用しないから溜まっている人もいるかもしれないし、いつぞやに友達追加した公式アカウントから通知が来ている人もいるかもしれない。

 

でも一定数、他人からのメッセージの中身を確認しておきながら、既読はつけずに返信しない"未読無視"なるものが大量発生しているように思う。また、既読をつけて返信しない既読無視もいるだろう。

 

なんで????

 

既読無視は、場合によっては十分理解できる。

内容を確認して返信するに値しなければ、返信しなければいい。

会話が終了している時や、中身のない内容の時などだろうか。

 

ただ、「業務」で質問している内容に、既読無視とはどういう了見であろうか。

チャットアプリはメールと違って、スピード感が一番のメリットでまるで会話しているかのようにコミュニケーションを取れることがメリットなのではないのか?

昨今、出社回帰の流れがあるが、このメリットを上手く使いこなせない人が多くいるからではないのか?

すぐに内容を返せないにしても、何かしらの反応は返せるだろう。

 

次に、未読無視、これはなんだ。

何を意味しているんだ。道端で、電車で、家で、こんなにも皆が皆スマートフォンを触っているのに、あえて未読にする意味は何なのだ。

 

めんどくさいなら既読をつけて返さなければいいと思うのだが、

既読をつけて返信しないひどい人と思われたくないから?

こっそり未読無視されていることがバレている方がよっぽどひどくないだろうか?

未読は、まだみていないという行動証明のほかに、みてるけど返信するかもよの意思表示という意味もあるのだろうか。

だとすると、前述したようにコミュニケーションを通常より早くできるツールの最大の特徴を全く殺していることになる。

 

わからない。。。わからない。。。

 

この問題を考えるにあたって、彼ら彼女らを責める意図は全くない。

ただただ理解して、私自身の心の平穏へと繋げたいのだ。

どうしても心がざわつく。そんな自分を許せるように。