とは、かっぱえびせんの様なものである。
やめられない止まらない。
それが執着。
執着は自分を苦しめ、悩ませ、苛立たせる。
だから執着は良くない!
執着を手放して、本当の自分になろう!
ってなれる訳がない。
執着したいからしてる。
これに気付いてないだけ。
執着した、している。
と言う自分の選択を認められないだけ。
元々、物事に良し悪しなんてない。
ただそれが起こった。以上。
それだけ。
自分で勝手に常識と言う名の謎のマイルールで
「これはこうだからぁ、嬉しくてぇ、これはこうだからぁ、悲しくてぇ」
って区分けして感情あてがってるだけ。
失敗してしまった
怒られてしまう
愛想つかされた
必要とされなくなってしまう…
以下略以下略etc
全部行動の結果。
そして、行動の前には自分で行う選択がある。
姿形のカテゴリー上みんな人間で、社会的に行う道筋(教育)も似たようなもんだから、無意識に共通認識が発生する。
そいつが物事のジャッジをし始める。
けど、性別、体のパーツの位置、細胞の数、産まれ育った環境が皆それぞれの違う。
その分色んな考えと意見と行動が、マイルールが生まれてるはず。
でも、共通認識から外れた考えは、村八分にあう。
それは何故か認められない。
何で認められないかは僕はよくわからん。
皆違って皆良い。
でいいじゃんと思ってる。
この世に本番も練習も無い。
白黒つけたきゃそれでいいし、つけなくても別にいい。
自分のしたい事をどんどんしてけばいい。
物事は常に自分の目の前にある。
自分はそれに対しての行動の選択権があるだけ。
その自分で決めた選択権を認められない、若しくは認識出来ないから、勝手に悩んで怒って逆恨みして苦しんでるだけ。
全部自分で選んでるのにね。
全部一人相撲なのよ。
どうせだったら好きに楽しく相撲取りたいわよね。
完
※行動の欲求の根本は、愛が絡んでると思います。
全ては愛ゆえに。カッコイイ!