✳︎妊娠、育児の記録✳︎モニター投稿♫ -9ページ目

✳︎妊娠、育児の記録✳︎モニター投稿♫

長女は全前置胎盤での妊娠、出産。流産、不妊を乗り越え三年後お腹に赤ちゃんがやってきてくれました。起立性低血圧もあり、常に安静中。そんな中でも日々を記録してゆきたいと思います。
他にも、安静中に始めたモニター生活も書いていきます。

私自身、赤ちゃんがすごく欲しかったし、友人や親戚からの妊娠話を聞いては落ち込んだりもしていた。

色んな神社で神頼みもしたし、生理がくる度むなしくもなった。

もう一人子供がいるからいいやんとも言われたし、焦らなくてもとも言われるが、欲しい気持ちは仕方がないし、このむなしい気持ちから解放されるのは、妊娠すること以外ないのだ。

日常生活では、努力してたら叶えられることも多いが、不妊治療は努力しても必ずゴールがあるわけでなないのだ。


毎日もんもんと考えた。今は30代前半。このままのんびり治療していて、子供ができる可能性を信じてやっていくか、それともここで体外受精に挑戦するか。体外受精をして、大金を使っても必ずできるとは限らない。のんびりして、毎月の生理の度に落ち込むのも限界が来ていたけど、でも体外受精をして、できない場合もっと落ち込むのも怖かった。

でもこのままゆっくり治療をしていて、子供ができなくて何年後かに体外治療をすれば、年齢的にいまよりは確実に可能性は低くなる。

体外受精にチャレンジしようと決めた。主人も説得し、了承も得た。


先生に体外受精へのステップアップをしたいことを伝え、これからのスケジュールを聞いた。毎日注射に通う必要もあるが、自己注射も含めれば、なんとか仕事とも両立できそうだった。

点鼻薬も購入し、次の生理が始まれば、すぐ点鼻薬をスタートさせ、電話で注射の予約を取るようにとのこと。ちょっとウキウキしつつ、生理が来るのを待った。


でも生理がこなかった。なんか胸も張っている気がする。

ちょっと試しに、残っていた妊娠検査薬を使ってみたら、この2年半ほぼ毎回フライングして、まっ白な結果しかでなかった検査薬が反応している…。

信じれなくて、主人を起こして、見てもらったら、本間やなーて。

うれしいけど海外製のだし、なんだか信用できなくて、日本製のを買いに行く。

やっぱり反応している…

うれしくて、うれしくてたまらなかったけど、とにかくに落ち着こう。病院に行かなければ、まだ分からない。と言い聞かせた。




不妊治療をするにあたって、病院選びから始めた。たまたま、通勤途中の家からも会社からも通いやすい場所に病院があり、そこに通院を決める。


私は元々生理周期が短いのだが、その頃は22日~25日と本当に短く、血液検査の結果は悪くなかったのだが、排卵がうまくできていないとの診断だった。

まずはクロミッド・ルトラールの投薬治療からスタートさせた。

心配していた、内膜症や腺筋症も気にしなくてよいレベルだと言われたし、卵管造影検査の結果も問題なし。

それでも妊娠できなかった。

クロミッドを使用して、6周期が経過したが、全くかすりもしなかった。


次にHCG/HMGの注射を使って、卵を育てて、排卵させるという治療へとステップアップした。

卵は1度に3つ~4つでき、排卵もうまくできているとのことだったが、全く妊娠できなかった。

毎回の生理に撃沈する日々が続く。


この辺りで、やはり妊娠できないのは、内膜症と腺筋症のせいではないのか。と再度疑問がでてきた。

まずはこの二つをちゃんと治療したほうがよいのでないだろうかと。


今の病院は不妊治療と検査を主にしている婦人科の為、不妊治療と内膜症にも強い病院を再度探すことにした。今の病院よりは遠く、通勤途中ではないが、どちらも力を入れている総合病院を見つけそこに通院することにした。


もう1度、病気をちゃんと見てもらい、MRIも撮ってもらった。

どちらもそこまで今すぐの手術適応ではないが、内膜症は先に手術をしてもよいかもとの話になったが、私の場合卵巣二つともにチョコレート嚢腫がある為、卵巣の機能が落ちる可能性もあるとのこと。


とりあえず、体外受精をまずして、それでも妊娠しなければ、手術をしたらどうかとのことだった。

正直体外受精まではまだ考えておらず、そこまでしなくてはダメなのかと落ち込んだ。

主人も体外受精までは考えておらず、もんもんとする日々が続いた。

出産後、1年半経過し、私は職場復帰、娘は保育所の入園、主人は転職。

3人とも新しい門出を迎えた。

しばらくは本当にむちゃくちゃだった。


約2年も仕事を休んでいた為、新しく覚えることもたくさんだし、プラス家事に子育てに。産休中に通勤も1時間以上かかる場所に引っ越ししていたこともあり、いくら時短勤務とはいえ、通勤時間を考えるとフルタイムとほぼ同じ。とにかく必死の毎日だった。


娘も慣らし保育ができず、いきなりの保育園生活が始まり、毎日泣いて泣いて大変だった。送り届けるたびに泣いている娘を見ると、私何のために働いているのかなぁと自問の日々だった。

主人も新しい職場で毎日格闘。1か月の研修旅行もあり大変だったと思う。


復帰して、半年程で、二人目がそろそろ欲しいなーとなり、妊活をスタートさせた。

長女は妊活を始めて、1回も生理が来ずにできたし、残念ながら流産してしまった子も、すぐにできた為、なんとなくすぐに授かれるかなぁと楽観視していた。


それが、半年程しても授かることができず、まず近くの産婦人科で排卵日の予測をしてもらった。

血液検査もしたが、特に問題はにとのこと。

先生にタイミングを見てもらい、チャレンジしたがかすりもせず、半年程が経過した。


私は元々、子宮内膜症と子宮腺筋症があり、実際子供ができにくいと言われていた。

この二つの病気は不妊になることが多いとされているが、病気を治す一番の治療は妊娠することだとも言われていた。

長女を出産してから、よくなったとは言われていたが、また再発した可能性もあるので、ちゃんとした不妊治療の病院へ通院しようと決意した。

気づけば長女を出産後3年半。毎日のバタバタもあり全然更新していなかったブログですが、これから少しずつ更新できたらと思い、再度始めることにしました。


この三年半であったことを簡単に書いておこうと思います。


出産後は1年半の産休。私の記憶では、のんびりゆったり育児をしていたという気がしていたが、さっきブログを読み返してみると、全然のんびりじゃなく、結構アタフタの毎日だったんだなーと。


長女が1歳を迎えるころ、二人目の妊娠が発覚。まだ生理もちゃんと復活しておらず、まさかの妊娠。

先生からはすぐに授乳をやめるようにいわれ、長女にも申し訳なく、心の整理がつかなかった。


それでもエコーで見る赤ちゃんの姿をうれしく思い始めた、妊娠11週ごろ、前回は見えていた赤ちゃんの心拍が確認できず、繋留流産であることが分かった。つわりもあるし、出血も腹痛もなく、赤ちゃんがお腹の中で死んでしまったなんて想像できなかった。


先生からは、手術でなく、自然に出てくるのを待ってもよいとのことだったので、自然に任せようと思っていたが、1か月近くたっても出てくる気配がなく、結局手術して出すことになった。

なかなか赤ちゃんがでてこなかったのは、赤ちゃんは死んでしまっているのに、私の体はそれを認識できず、赤ちゃんを守ってるんだね。って先生から言われて、すごく悲しかった。


手術自体はすぐに終わったけど、麻酔中に見た、怖い夢とか、赤ちゃんの声が聞こえる病室で、私だけ赤ちゃんを亡くしてしまったんだとか、とにかく落ち込んだ。しばらくは夜も眠ることができず、からっぽになってしまったお腹を考えるとむなしくなる日々が続いた。


そんな中、私を支えてくれたのは、やっぱり長女の存在で、少しずつ日々の生活に戻っていくことができた。すごくすごく悲しい経験だったけど、少しの間だけでもお腹に来てくれてうれしかったし、忘れないでいようと思う。

術後部屋へ戻り、家族と対面。みんな泣いて喜んでくれてる中、なぜか私一人冷静で、みんなに本当に心配かけてたんやなぁて思ってた

下半身麻酔で足が動かせないのがすごく気持ち悪かった

術後4時間後ぐらいに、赤ちゃんを部屋に連れて来てくれた
さっきより赤みが取れて、服や帽子も被せてもらって、横に寝かせてもらえた
かわいくて、柔らかくて、この子がお腹にいたことが不思議やなぁてキラキラ

すぐに連れていかれちゃったけど、みんな抱っこもさせてもらえたしよかった

赤ちゃん見てからなぜかテンションが上がり、眠気がなくなり、ここからずっと家族にしゃべりまくってたDASH!

家族が帰ってから、夜は痛みとの戦い。座薬いれてもらったり、でほぼ寝れずあせる

次の日からは歩行練習開始!トイレまで歩いて尿菅を抜き、予想よりは少ないものの羊水合わせて1、5リットルの出血だったので、貧血で倒れそうになったり、こんなんで大丈夫なのかとへこむ

母子同室は4日目からDASH!
ここからは傷の痛みとおっぱいの痛みとの戦い。

おっぱいはどんどん作られるのに、赤ちゃんおちょぼ口なのと私の乳首が短いのとで全然おっぱいが飲めない

赤ちゃんに無理やり飲まそうとすると嫌がって号泣なのに、哺乳瓶だとゴクゴク飲む姿見ると泣けてきてしまって、助産師さんにも励まされたあせるあせる

最終日にやっと直乳できるようになり、自宅ではほぼ直乳でがんばってるけど、代謝がいいのもあり体重の増えがよくない

これは入院中のミルクの時からやけど、ずっと一日10グラムずつしか増えてないから注意されてるうんち一日10回以上するもんね汗

とまあ、新たな心配がいっぱいの毎日ですが、寝顔や動きを見てるだけで癒されるのですキラキラキラキラ


アメブロでは同じようなリスクを抱えた方のブログを通して、勇気づけてもらったり、情報を頂けたり、本当にありがとうございました

最初は自分の気持ちとか出来事をただ書き残す為に始めたのですが、こうやって色んな方と繋がりが持てたことうれしく思ってますキラキラ
これからもよろしくお願いします晴れ晴れ