4月20日(月)の散策は、阪神野田駅からスタート。
お目当てはのだふじ巡り。既に16:30を過ぎていますが、何ヶ所周れるでしょう?のだふじスポットは29ケ所あり、どこを見たら良いのかよく分からないので、ウォークラリーのコースを周ることにしました。
まず始めに、4つのコースの中で一番開花が早い、大開(おおひらき)コースです。
16:41、福島区役所に到着。
碑文によると、現在の野田や玉川周辺はかつて藤の名所として広く知られており、室町幕府2代将軍・足利義詮が和歌に詠んだほか、江戸時代には「吉野の桜、野田の藤、高雄の紅葉」とともに日本を代表する名所のひとつとされていて、豊臣秀吉も藤を鑑賞するためにこの地を訪れたとの事。
のだふじ巡り公式サイトで、「福島市役所の藤は満開」と記載されていましたが、花房が少なくて貧相。日当りが良すぎるのか、干からびていました。
16:48、大開公園到着。藤棚の下に、「松下幸之助 創業の地」碑があります。碑の両脇にパネルがあり、次のような説明がありました。
『この地(大開)は、松下電器産業株式会社の創業者、松下幸之助(1894~1989)氏が、大正7年(1918)3月、同社の前身「松下電気器具製作所」を創立した創業の地です。』
『のちの経営の神様と呼ばれ世界中にその名を馳せた松下幸之助氏は、23歳の若さで配線器具の製造・販売を始め、昭和8年(1933)に門真市に移転するまでの15年余をこの地で過ごし、事業の伸展とともに逞しく大開から巣立っていきました。』
『松下幸之助氏は大開の人情や風土に育まれ、大開小学校の保護者会会長や、大正14年(1925)には区会議員に当選するなど、文字どおり大開の一員として充実した日々を過ごした。』そうです。
『平成15年(2003)3月、大開連合町会は、福島区「大開町と松下幸之助に関する事業」委員会を結成し、ここ大開公園に記念碑を建立することを発意。記念碑は、平成16年(2004)11月27日、同氏生誕110年のよき日に、生誕の地和歌山を代表する緑泥片岩を碑石として建立され、大阪市に寄贈されました。』
「松下幸之助 創業の地」碑の裏には、松下幸之助の書と、「道」について語った言葉が刻まれていました。「心を求め 希望をもって歩むならば 必ず道はひらけてくる」と、生前、社員に訓示を述べていた姿が思い浮かびます。
藤は満開で、花房も充実していました。
大開エリア、イチオシの名所です。
16:55、大開郵便局到着。
藤棚の下に「ノモの国」館名サインがあります。
「ノモの国」は、大阪・関西万博パナソニックグループパビリオンの館名。
パビリオンのテーマは、「Unlock your nature-解き放て。こころと からだと じぶんと せかい。」子供向けだったので、私はパスしましたが、会期中、約47万人の来場者がこの世界観を体験したそう。
館名サインは、令和7年(2025)12月22日に、万博会場より移設。大屋根リングの模型も新たに加わり、日没後にライトアップされるよう。そんなわけで、ここはまたあとで来るとして。
ここの藤の木は、宇治の平等院の藤の子孫で、平成に入り、株式会社ナリス化粧品本社に植えられたそう。少し遅かったかな。花房がしおれていて残念でした。
阪神野田駅前広場に戻ったのが、17:06。
今度は藤棚の中に入って、日に当たっていないものを鑑賞。匂いを嗅ぐと甘い香りがしました。
大開コースは終了。引き続き、吉野・玉川コースを歩きました。
つづく






















