吉川静子とヨゼフ・ミューラー=ブロックマン① | 散策日記Ⅰ

散策日記Ⅰ

美術館&博物館で開催された展覧会の記録、それにまつわる散策記です。

歌川国芳展を見たついでに、「Space In-Between:吉川静子とヨゼフ・ミューラー=ブロックマン」展。他に行く所がないからという理由で見た展覧会ですが、なかなか良かったです。以下の文章は展示パネルから引用しました。

 

 

本展はスイスを代表するグラフィックデザイナー、タイポグラファーであるヨゼフ・ミューラー=ブロックマン(1914~1996)と、そのパートナーであり芸術家の吉川静子(1934~2019)の二人の活動と作品を紹介するものです。吉川もミューラー=ブロックマンも大阪に関わりの深い芸術家・デザイナーでもありました。

 

 

二人の出会いは、1960年に東京で開催された世界デザイン会議においてでしたが、この翌年の1961年、現在の大阪芸術大学の初代学長・塚本英世の招聘しょうへいに応えたミューラー=ブロックマンは、通訳を務める吉川と共に来阪しているのです。ここから二人と大阪との関わりは始まり、この後何度もチューリッヒからデザイン教育や展覧会開催のために来阪しました。

 

 

  1. 初期の作品:建築空間のアート

 

吉川静子は、ある建築のためのサイトスぺシフィック・アートの展開を通して、絵画の道に入った。空間体験や感覚は、建築との相互作用によって、どう現れ出るのだろうか。吉川は、依頼された作品や、親交のある建築家たちと共同で制作した概念的視点に焦点を当てた実験的プロジェクトにおいて、この問いに向き合った。

 

 

この文脈において吉川は、空間体験が、知覚心理学に基づく抽象的・数学的関係性を具体的に表現した結果として生じると理解した。特に、環境要素や時間の流れを表すものとして、光、影、水、植物を組み入れた吉川の手法は、後に吉川が絵画という媒体で研究した、多様であり、特に矛盾してもいる諸要素の共鳴につながる。

 

 

吉川は、数多くのKunst am Bau(建築空間のアート)プロジェクトに参加しており、そのうちのひとつが、1972年から73年にかけて、チューリッヒのヘング地区にあるカトリック教会信徒会館で制作された壁面レリーフ《四つの可能なプログレッション》である。同作品は、日常生活の環境にアートを溶け込ませるという概念に対する吉川の関心を反映している。

 

 

《無題》

1972~75/アクリル、木/50×50×3.8cm/吉川静子とヨゼフ・ミューラー=ブロックマン財団蔵

 

《無題》

1972~75/アクリル、木/50×50×3.8cm/吉川静子とヨゼフ・ミューラー=ブロックマン財団蔵

 

 

  2. 色影レリーフ

 

吉川静子は、1974年から小さなレリーフを用い、色のついた光のモザイクによって連続する形態を模索した。「シークエンス」や「トランスフォーメーション」などの作品は、木の構造体にアクリル絵の具で色を付けたものだった。

 

《r42b/F17 無題》

1973~76/アクリル、プラスチック、合板/50×50×4cm/吉川静子とヨゼフ・ミューラー=ブロックマン財団蔵

 

《r13 11のシークエンスにおける四色の同体積のトランスフォーメーション no.4》

 1973~74/アクリル、プラスチック、合板/50×50×4.5cm/吉川静子とヨゼフ・ミューラー=ブロックマン財団蔵

 

《r14 11のシークエンスにおける四色の同体積のトランスフォーメーション no.5》

1973~74/アクリル、プラスチック、合板/50×50×4.5cm/吉川静子とヨゼフ・ミューラー=ブロックマン財団蔵

 

《r15 11のシークエンスにおける四色の同体積のトランスフォーメーション no.6》 

1973~74/アクリル、プラスチック、合板/50×50×4.5cm/吉川静子とヨゼフ・ミューラー=ブロックマン財団蔵

 

《r16 11のシークエンスにおける四色の同体積のトランスフォーメーション no.7》

1973~74/アクリル、プラスチック、合板/50×50×4.5cm/吉川静子とヨゼフ・ミューラー=ブロックマン財団蔵

 

《r17 11のシークエンスにおける四色の同体積のトランスフォーメーション no.8》  

1973~74/アクリル、プラスチック、合板/50×50×4.5cm/吉川静子とヨゼフ・ミューラー=ブロックマン財団蔵

 

 

また、シルクスクリーンでも実験しており、「四つの同面積色面のトランスフォーメーション」シリーズなども制作した。

 

《d1 トランスフォーメーション:九つのシークエンスにおける四つの同面積色面》

1974/シルクスクリーン、紙/75×55cm/吉川静子とヨゼフ・ミューラー=ブロックマン財団蔵

 

《d5/2 トランスフォーメーション:九つのシークエンスにおける四つの同面積色面》

1976/シルクスクリーン、紙/75×55cm/吉川静子とヨゼフ・ミューラー=ブロックマン財団蔵

 

《d2トランスフォーメーション:九つのシークエンスにおける四つの同面積色面》

1976/シルクスクリーン、紙/75×55cm/吉川静子とヨゼフ・ミューラー=ブロックマン財団蔵

 

《r39 四つの同面積色面のトランスフォーメーション no.1》

1976/アクリル、木/100×100cm/吉川静子とヨゼフ・ミューラー=ブロックマン財団蔵

 

《r40 四つの同面積色面のトランスフォーメーション no.2》

1976/アクリル、木/100×100cm/吉川静子とヨゼフ・ミューラー=ブロックマン財団蔵

 

《r41 四つの同面積色面のトランスフォーメーション no.3》

1976/アクリル、木/100×100cm/吉川静子とヨゼフ・ミューラー=ブロックマン財団蔵

 

 

吉川の芸術の中心には、ヨハン・ウォルフガング・フォン・ゲーテの色彩論や、エッカルト・ハイメンダールの研究所『光と色彩』がある。両者の理論は、色彩の光と白光と影の相互反応から、様々な色が生まれる現象を探究している。吉川はこの概念を自らの色彩レリーフに適用し、補色となる色を色環内の対角線上に配置した。

 

 

《色影 r44》

1976~79/アクリル、ニスを塗った木材/80×69×69cm/吉川静子とヨゼフ・ミューラー=ブロックマン財団蔵

 

《色影 r45》

1976~79/アクリル、ニスを塗った木材/80×69×69cm/吉川静子とヨゼフ・ミューラー=ブロックマン財団蔵

 

《色影 no.20》

1977/ラッカー、アクリル、ポリエステル/75×50×5cm/吉川静子とヨゼフ・ミューラー=ブロックマン財団蔵

 

《色影 no.21》

1977/ラッカー、アクリル、ポリエステル/75×50×5cm/吉川静子とヨゼフ・ミューラー=ブロックマン財団蔵

 

《色影 no.29》

1977/ラッカー、アクリル、ポリエステル/106×106×6cm/吉川静子とヨゼフ・ミューラー=ブロックマン財団蔵

 

《色影 no.68》

1978~79/ラッカー、アクリル、ポリエステル/150×150×6cm/吉川静子とヨゼフ・ミューラー=ブロックマン財団蔵

 

《色影 no.70》

1978~79/ラッカー、アクリル、ポリエステル/150×150×6cm/吉川静子とヨゼフ・ミューラー=ブロックマン財団蔵

 

《色影》

1979/ラッカー、アクリル、ポリエステル/50×125×8cm/東京国立近代美術館蔵

 

 

吉川の作品は、光と厳密な顔料を巧みに操ることで、形象や空間と戯れる玉虫色の反映を生み出している。この最小限の手法で、鮮やかな曖昧かつ移りゆく空間効果を、シンプルな素材で作り出すことが可能になった。

 

《色影 no.113》

1980/ラッカー、アクリル、エポキシ樹脂/100×25×6cm/吉川静子とヨゼフ・ミューラー=ブロックマン財団蔵

 

《色影 no.174》

1984/ラッカー、アクリル、エポキシ樹脂/75×75×8cm/吉川静子とヨゼフ・ミューラー=ブロックマン財団蔵

 

《色影 no.176》

1984/ラッカー、アクリル、エポキシ樹脂/75×75×8cm/吉川静子とヨゼフ・ミューラー=ブロックマン財団蔵

 

《色影 no.181》

1984/ラッカー、アクリル、エポキシ樹脂/75×75×7.5cm/吉川静子とヨゼフ・ミューラー=ブロックマン財団蔵

 

《色影 no.195》

1981(2000)/ラッカー、アクリル、エポキシ樹脂/37.5×75×7.5cm/吉川静子とヨゼフ・ミューラー=ブロックマン財団蔵

 

《色影 no.197》

1981(2000)/ラッカー、アクリル、エポキシ樹脂/37.5×75×7.5cm/吉川静子とヨゼフ・ミューラー=ブロックマン財団蔵

 

 

  3. 網の構造と空白の中心

 

吉川静子は、1976年から1986年にかけて、最初は紙にテンペラとアクリル絵の具で、後にはカンヴァスにアクリル絵の具で、格子のような絵、いわゆる「網の構造の絵」を制作した。この作品について吉川自身は、過去に色彩の相互反応に焦点を当てて制作した色影シリーズが、進化したものであると考えた。

 

《m20 fs/3x3 Kombination》

1977~82/テンペラ、アクリル、カンヴァス/74×74cm/吉川静子とヨゼフ・ミューラー=ブロックマン財団蔵

 

《m42 fs/3x3 Kombination》

1977~82/アクリル、カンヴァス/76×76cm/吉川静子とヨゼフ・ミューラー=ブロックマン財団蔵

 

《m43 fs/2×4 Drehsplegelung》

1977~82/アクリル、カンヴァス/125×125cm/吉川静子とヨゼフ・ミューラー=ブロックマン財団蔵

 

 

吉川の格子は、淡いパステルカラーと補色となる色を使用することで平面に構造を取り入れ、微妙な色彩の移り変わりを通して、動いているような感覚と震えているような感覚を生み出した。

 

《m102 fs/2×4 Kombination Drehsplegelung》

1984/アクリル、カンヴァス/135×68cm/吉川静子とヨゼフ・ミューラー=ブロックマン財団蔵

 

《m106 fs/6×4 Kombination Drehsplegelung》

1983/アクリル、カンヴァス/125×187cm/吉川静子とヨゼフ・ミューラー=ブロックマン財団蔵

 

《m107 fs/2×6 Kombination Drehsplegelung》

1983/アクリル、カンヴァス/187×64cm/吉川静子とヨゼフ・ミューラー=ブロックマン財団蔵

 

 

吉川は、初めは中くらいの大きさの正方形のカンヴァスを使用して様々な色彩パターンで実験したが、そのうちのいくつかは、空白の中心をモチーフとしている。

 

《m149 白の中央 緑から黄色へ》

1985/アクリル、カンヴァス/75×75cm/吉川静子とヨゼフ・ミューラー=ブロックマン財団蔵

 

《m177 fs/3×3 白の中央 1》

1984/アクリル、カンヴァス/100×100cm/吉川静子とヨゼフ・ミューラー=ブロックマン財団蔵

 

《m258 白の中央 no.5 バイオレットからブルー》

1986/テンペラ、アクリル、カンヴァス/75×75cm/吉川静子とヨゼフ・ミューラー=ブロックマン財団蔵

 

 

 

しかし時を経て、自らのアトリエの建物や展示スペースに応じて、カンヴァスの角度を傾けるようになった。この変化によって、作品に新たな勢いが生まれ、周囲環境との相互作用も変わっていった。

 

《m328 ライフ・オブ・ブルー 白の中央 7》

1985/テンペラ、アクリル、カンヴァス/150×150cm/吉川静子とヨゼフ・ミューラー=ブロックマン財団蔵

 

《変化-2》

1979/テンペラ、アクリル、カンヴァス/166×67cm/東京国立近代美術館蔵

 

 

吉川がカンヴァスの大きさや環境条件に対して目を向けたのは、周囲の空間を引き立てるために、作品を絶えず環境に適応させることを学んだデザイナーとしての訓練が背景にある。

 

《m152 fs/1×3 十部構成のカラーホイールのバリエーション》

1984/アクリル、カンヴァス/75×26cm/吉川静子とヨゼフ・ミューラー=ブロックマン財団蔵

 

《m154 fs-1×3 十部構成のカラーホイールのバリエーション》

1984/アクリル、カンヴァス/75×26cm/吉川静子とヨゼフ・ミューラー=ブロックマン財団蔵

 

《m158 fs-1×3 十部構成のカラーホイールのバリエーション》

1984/アクリル、カンヴァス/75×26cm/吉川静子とヨゼフ・ミューラー=ブロックマン財団蔵

 

 

似たり寄ったりだけど微妙に違う、方眼紙上に描かれた下絵などを見ていると、まさに理系のアートだなと思いました。

 

 

つづく