青池保子展 | 散策日記Ⅰ

散策日記Ⅰ

美術館&博物館で開催された展覧会の記録、それにまつわる散策記です。

9月18日(月)午後、小磯記念美術館。

 

 

漫画家生活60周年記念「青池保子展~航路のかがやき~」を見に行きました。

 

 

展示室入口に青池氏直筆の挨拶文。丸みを帯びた文字から、優しい人柄が伝わってきます。以下、青池氏の略歴です。本文はウィキペディアから引用しました。

 

 

昭和23年(1948)7月24日、山口県下関市にて、姉5人兄1人の7人兄弟の末っ子として生まれる。日本画を趣味としていた父親の影響で絵を描くようになり、また姉や兄の購入した漫画に親しみ、小学校1年生のときに初めて漫画を描く。

 

 

昭和36年(1961)、私立梅光女学院中学校・高等学校に進学。中1の夏休みに、敬愛する少女漫画家の水野英子ひでこ(1939~)宅を姉と二人で訪問。その人柄に感銘し、大きな刺激を受ける。一念発起し、ファンタジーものの漫画を描き始める。とくにプロ志向があったわけでもなく、ただ敬愛する水野英子に観てもらいたい一心だったという。

 

 

中3の時に、前年から一年がかりで書きあげた60頁ほどのファンタジー漫画を、水野英子宛てに送る。しばらくして、集英社の『りぼん』編集部から「水野先生から作品を見せてもらいました、お正月号用に短編を描いてください」と手紙が届いた。青池はこの依頼に応え、日本人孤児とフランス人少女の交流を描いた15頁の短編《さよならナネット》を描き上げる。

 

 

昭和38年(1963)、『りぼん』お正月増刊号に《さよならナネット》が掲載され、15歳でプロデビュー。デビュー作の評価は芳しくなく、『りぼん』とはこれきりとなる。

 

 

デビュー作を読んだ講談社から第一回少年少女新人漫画賞への参加を誘われ、青池はイタリアを舞台にした画家とモデルの恋物語を描いて応募、受賞こそ逃したものの最終審査に残るなど評価され、昭和39年(1964)12月に再デビューを果たす。

 

 

以後、「高校一年のおねえさん漫画家」のキャッチフレーズで、『週刊少女フレンド』で活躍。講談社との専属は、以後10年間続き、『なかよし』などにも作品を発表。

 

 

昭和51年(1976)、日本を舞台にした学園ものにスランプを感じ、心機一転して海外を舞台とし、大好きなロック歌手達をキャラクター・モデルにした《イブの息子たち》を『月刊プリンセス』(秋田書店)で連載開始。

 

 

それまでのシリアスな作風とは一変した、さまざまな歴史上の人物が入り混じる、知的パロディカルなコメディ作品に新境地を開く。これをきっかけに、伝統的な少女マンガの範疇から大きく離れた題材にて魅力的な作品を次々と発表していく。

 

 

同年、《イブの息子たち》と平行して『月刊プリンセス』誌上で《エロイカより愛をこめて》を連載開始。

 

 

この作品は当初、美術品専門の泥棒の伯爵と超能力者3人組を主人公としたドタバタ喜劇であったが、脇役として登場した北大西洋条約機構(NATO)軍情報部少佐の強烈な個性が人気を集め、ついには主役のはずだった超能力者3人組を押しのけて主人公となり、伯爵と少佐を中心としたシリアスでかつコミカルなスパイものに変貌した。

 

 

この《エロイカより愛をこめて》は青池の作風をも変え、男たちの戦いをテーマとした硬派な物語が以降の青池作品の基調となっていく。

 

「光と影の伝説」《イザベルⅠ世》『グレープフルーツ』第6号 1982年

 

「魔弾の射手」前編扉絵 『プリンセス』1982年8月号

 

 

平成3年(1991)、《アルカサル-王城-》で第20回日本漫画家協会賞優秀賞受賞。平成19年(2007)2月に、10年間連載が中断されていた《アルカサル-王城-》が月刊少女漫画雑誌、『プリンセスGOLD』(秋田書店刊)3+4月号に前後編として掲載され、完結した。

 

 

同年11月には《エル・アルコン-鷹-》と《七つの海七つの空》を原作とし、齋藤吉正よしまさ(1971~)が脚本、演出を行った舞台が宝塚歌劇団の星組により宝塚大劇場で公演され、翌2008年1月には東京宝塚劇場でも公演された。

 

 

平成28年(2016)、『プリンセスGOLD』1月号より《修道士ファルコ》で活躍するオドの出家前の市警時代を描く《ケルン市警オド》の連載を開始。

 

 

平成30年(2018)、「プリンセスGOLD」の電子書籍専売による紙版終了に伴い、《ケルン市警オド》は『ミステリーボニータ』6月号より移籍新連載を開始。現在に至る。

 

 

原画だけでなく、抜粋の漫画にも目を通しました。やはり《エロイカより愛をこめて》以降の作品が面白かったです。

 

 

展示室が3室あり、最後の1室が小磯良平(1903~1988)作品の展示でした。

 

 

《婦人像(1956)》は、宝塚歌劇団出身の女優、八千草薫(1931~2019)をモデルにした作品。

 

 

《騎士の門出(1975)》は中世ヨーロッパを舞台にした作品で、昭和51~56年(1976~81)まで、宝塚大劇場の緞帳に使われたそうです。

 

 

最初、「小磯記念美術館で青池保子展?!」と思いましたが、「宝塚」という共通項があったんですね。西洋画と漫画、ジャンルは違うけれど、扱う題材は同じだったのではと思います。