宝ヶ池公園 | 散策日記Ⅰ

散策日記Ⅰ

美術館&博物館で開催された展覧会の記録、それにまつわる散策記です。

 修学院離宮参観の後は、高野川沿いを歩き、宝ヶ池公園に向かいました。

 

  宝ヶ池公園は子どもの楽園から入りました。

 

 遊具で遊ぶだけでなく、昆虫採集や野鳥観察もできる、緑豊かな楽園です。

 

 子どもの楽園を抜け、憩いの森へ。森の中で鹿の親子を目撃しました。山を下って食べ物を探しに来たようです。

 

 野鳥の森では山に帰る鹿を見ました。

 

  宝ヶ池のほとりを歩きました。

 

 宝ヶ池は宝暦年間(1751-1764)に農業用のため池として作られた人工池です。

 

 宝ヶ池の名前の由来には、水不足に苦しんでいた松ヶ崎にできた溜池が宝のように思われた、池の形が分銅形でお金にたとえられた、宝暦年間にできたものだから、などの諸説があります。

 

 池周辺の山は、薪や炭を採る里山として利用されてきました。五山送り火「妙法」の裏山に広がる宝ヶ池公園。

 

 京都国際会館と比叡山を借景にした宝ヶ池の風景がとても美しい公園です。

 

 宝ヶ池を一周し、来た道を戻りました。

 

 友愛の広場にあるエスタンピーダ像。メキシコのグアダラハラ市から、1990(平成2)年に姉妹都市10周年記念を祝い、寄贈されました。エスタンピーダとは群れをなして暴れる馬を指します。

 

 北接する京都国際会館は、1966(昭和41)年、わが国最初の国立会議施設として開設されました。それに伴い、宝ヶ池公園の整備が進んだようです。

 

 岩倉川を横切り、北園に寄りました。

 

 宝ヶ池から見えた比叡山が、北園ではかなり大きく見えました。

 

 京都国際会館への道を歩きました。

 

 1963(昭和38)年に開催された国主催の建築コンペで、195点の応募作品から、東京大学都市工学科名誉教授・大谷幸夫(おおたにさちお。1924-2013)氏の設計が採用されました。会議場、イベントホール、アネックスホール。全て大谷幸夫氏の設計です。

 

 阪急河原町駅周辺から始まった散策はここで終了。イベントホールから直結する連絡通路を歩き、地下鉄国際会館駅に向かいました。