散策日記Ⅰ

散策日記Ⅰ

美術館&博物館で開催された展覧会の記録、それにまつわる散策記です。

今回は、中之島香雪美術館「焼絵やきえ 茶色の珍事」を振り返ります。訪問日は5月22日(金)。チラシに載っている作品が地味で当初見る気はなかったのですが、ArtScapeオススメの展覧会という事で行ってみることに。以下の文章はチラシ裏面から引用。まず始めに「焼絵」についてです。

 


「焼絵」とは、火筆画かひつが焦画しょうが烙画らくがなどとも呼ばれる、熱した火箸やこてを紙や絹などに押し当て、絵画や文字を焦がして表現する技法を用いた作品です。色調は茶から黒に近い色まで展開し、また線描から点描、濃淡といった水墨画の技法も巧みに再現されています。

 

白峨はくが《達磨図》|紙本焼絵|江戸時代(19世紀)

 

 

江戸時代には、優れた焼絵を数多く手掛けた稲垣いながき如蘭じょらんこと近江山上やまかみ藩(現在の滋賀県東近江市)の第五代藩主稲垣定淳さだあつ(1762~1832)をはじめ、藩主や家老クラスの間でこの技法が流行しました。少ない材料で制作可能な点から、根底には質素倹約を推奨する時世を反映しているとも推測されます。

 

稲垣如蘭《芦蟹あしがに芦鷺あおさぎ図》|紙本焼絵|江戸時代(18~19世紀)

 

 

一方、葛飾北斎の弟子とされる北鼎ほくてい如連じょれん(生没年不詳)のような浮世絵師にも焼絵の名手が現れ、さらには狩野派の特徴を有する作例も確認されています。技法の特殊さから作例は多くはないですが、一部の間では試みられていた様子がうかがえます。

 

北鼎如蓮《えい図》|紙本焼絵|江戸時代(19世紀)

 

 

また、大田南畝なんぽ(1749~1823)と来舶した中国人との間で焼絵談議が行われ、朝鮮通信使を介し烙画が紹介されるなど、焼絵を通した国際交流も行われました。

 

 

本展では、これまでほとんど紹介されることのなかった焼絵について、日本をはじめ朝鮮と中国、現代の焼絵作品を展観し、その美と制作背景を探ります。時代によって材質技法が変化している点に着目。館内撮影禁止だったので、画像はネットから拝借しました。

 

 

如秀じょしゅう(生没年不詳)、洞山人どうさんじん(生没年不詳)賛《亀図》|紙本焼絵|江戸時代(18~19世紀)

 

 

(左)晴山せいざん(生没年不詳)《虎図》|紙本焼絵|江戸時代(18~19世紀)

(右)白峨はくが(生没年不詳)《竹虎図》|紙本焼絵|江戸時代(19世紀)

 

 

(左)蘭旭らんきょうく(生没年不詳)《梅鶴図》|紙本焼絵|安政3年(1856)

(右)作者不詳《花鳥図》|紙本著色|朝鮮時代以降(20世紀)

 

 

(左)パク秉洙ビョンス(1858~?)《山水図》|紙本烙画|朝鮮時代以降(20世紀)

(右)朴秉洙(1858~?)《葡萄図》|紙本烙画|朝鮮時代以降(20世紀)

 

 

沈達チェンダ(生没年不詳)《西王母図》|紙本焼絵|中華民国8年(1919)

 

 

辻野つじの榮一えいいち(1960~)《伸びゆく生の形》|バーニングペンによりケントボードを焦がして制作|平成25年(2013)

 

 

猫野ぺすか《星『心をケアする猫タロット占い』より》|木製焼絵著色|令和7年(2025)



茶室「玄庵」は撮影OK。

 

 

中に、パク桂淡グダム(1869~1948)《花鳥図屏風》|紙本烙画|朝鮮時代以降(20世紀)が飾られていました。

 

 

解説はこちら。茶色い画面は花ざかり。蘭、牡丹、海棠かいどう、菊が華やかに描かれています。

 

 

茶室の縁側に2羽のインコ。

 

 

つくばいの前にも2羽のインコ。

 

 

次の展覧会「インコ!イズ!カミング!」の宣伝でした。

 

 

最後にミュージアムショップで図録を購入。何もかもが初めてで記憶があいまいな所もあるので、少しずつ読み返しています。欲を言えば、制作過程を映像で流してほしかったな。


それにしても、開催期間が短いですね。5月末まで。関西在住の方にオススメです。