言語化が思い込みを加速してしまう? | サポートライター みけ の独り言

サポートライター みけ の独り言

電子書籍のはなし、文章のはなし、ことばのはなし、書く事、話すこと、ゆめのたねで喋っていることなど、言葉にまつわるいろいろなことを中心に、書いてみたいと思っています。

 

言語化をすることは良いことだ、必要な事だという考え方は必要です。これはスキルという意味では必要なことですし、コミュニケーション上の気持ちや心構えといった意味で良いことです。疑う余地はありません。しかし、だからといって言語化が出来ることが即ち万能という意味にはなりません。言葉で表現したがゆえに、いくつかの部分や側面が抜け落ちてしまうかも知れませんね。これは前回書いた通りです。

情報の一部が相手に届かなかった場合、ひょっとしたらそれが原因で情報の伝わり方がヘンに偏ってしまったり、キチンと伝わらずに妙な思い込みのようなものを相手に植え付けてしまったろそないかという懸念が出て来ます。これは、コミュニケーションで情報を受け取る側が持つ知識などにもよるのですが、相手の捉え方によってはちょっと危険な事になるかもしれません。

思い込みとは信念の様に固く何かを信じることですが、それが正しいか違っているかの判断は含みません。判断するのは当人以外、周囲の人たちに委ねることになります。したがって、当人が間違った判断に気が付いていないか、周囲の人たちの認識に難があるかにもよりますが、いずれの場合でも良い意味では用いることのなさそうな言葉ですね。

もう少し突っ込んで考えると、判断は結果です。そこに至るまでの過程、思考の回路や捉え方の枠組みといったところに難があるのかもしれません。それを引き起こす原因が「情報不足」であり、コミュニケーションの段階でのトラブルという事になります。情報不足になる理由として、その前段階の言語化にあるという事も理解できるんじゃないでしょうか。

言語化する理由は話し言葉や文章を使ってコミュニケーションで何かを表現する事ですから、トラブルがあるとどうしても受け手側が非難されることになります。この場合も、捉え方や受け止め方に問題があったんじゃないかと言われるでしょう。しかし、話し手側の言語化が上手く出来ていたかについても、言及しておいた方がよいのではないでしょうか。「ちゃんと伝えたか」は大事ですが、「ちゃんと伝わったか」も大事な事です。

「伝わる」という事に注目すると、どの順序で何を伝えるか、そんなところにも注意が向くようになります。「ちゃんと伝わったか」という事は、言い換えると「伝えたいことが相手にキチンと届いたか」ということです。受け手側である相手の事にも配慮した伝え方をするためにはどうすればよいか、そこまで考えることが出来れば、受け手の思い込みも少なくなります。コミュニケーションとしても成功しやすくなると考えてよいでしょう。

大事な話や情報であれば尚更です。必要なら確かめることだって、しなければなりません。実際にはなかなか難しいでしょう。場合にもよりますが、ちゃんと伝わったかどうかを知るための工夫も必要じゃないでしょうか。こんなリスクも抱えているという事に気をつけましょう。