帚木蓬生のちょっと知的なエンタメ小説が好きである。『襲来』に続いて『受難』を読んだ。

 超現実と現実とが折り重なって進むようなストーリーで、長編であるにもかかわらず息もつかさぬ面白さがあり、一気に読んでしまった。

 

 ips細胞の研究が進み、3Dで人工の耳をつくるような再生医療が現実のものとなっている世界である。

 ある医療機関に一人の少女の死体が運ばれてくる。蘇生が試みられ少女のレプリカが完成し、現実の社会に生きながらえることになる。

じつはこの少女、韓国のフェリー世月号の沈没事故で亡くなった修学旅行中の学生160人のうちの一人である。世号の船主の娘であることもあって、ひそかに船内から引き揚げられ、20億円で生き返らせることになったという裏の経緯がある。

 

 記憶されている方も多いと思うが、セウォル号事件は韓国で現実に起こった海難事故である。250人もの人が死亡した悲劇的な事故である。船長が真っ先に逃げ出したり、その緊急救助体制や政府の対応、そして船主の責任問題など様々な問題が沸騰し、現在でもいくつかの謎に包まれた事件である。この衝撃的な事件を下敷きにして物語は展開する。

 

 再生医療の限界か、少女は寒かったり疲労すると、その体じゅうの肌、顔にひび割れのような深い皺ができる。へたをすれば、老婆のような顔になってしまう。そのたびに恐怖に襲われながらも医師スタッフの懸命な治療でなんとかその都度もとの身体に戻す。

 世号の事件の真相糾明が進み、船主であるとともに、新興宗教の教主である大富豪の父親にも糾弾の手がのびる、一方で、レプリカとなって生きながらえた少女。二人の運命はどうなるのか・・・。

 

 最先端の生命科学を扱いながらも、少しもSFっぽさは感じられないリアリティと説得力がある。これも医者(精神科医)としての作者帚木の識見によるものではないかと思う。と同時に韓国で起こった衝撃的で不可解な事件の謎解きのような面白さもある。現実と超現実がないまぜになったインテリジェントなエンタメ小説として高く評価できる。私の推しである。