こけしの涙

 

   お殿様の子ぼんのうは、城下の人でも知らないものはいないくらい有名でした。

とりわけ、五人の男の子の下にはじめて女の子をさずかった時は、ことのほか喜び、町中に花火を打ち上げさせたりしました。 だっこをすると、高ぁい高ぁいを何度もくり返したりして、目にいれても痛くないほどの可愛がりようでした。

   お姫様は大きくなるにつれ、ますます可愛くなり、その笑った時の細い目がなんとも愛らしくなることで、だれ言うともなく、こけしのお姫様とよばれるようになりました。

お姫様が十五歳のときに縁談が持ち上がりましたが、お姫様を手放したくないお殿様が反対して、うまくいきませんでした。

しかし、いつまでもお嫁に出さないわけにはいかないと、十七歳になったとき、少し離れた藩の若殿のところへお嫁にいくことになりました。

 

   お姫様がいなくなると、自分の手のひらから鳥が飛び立ってしまったかのように、お殿様の心のなかにぽっかりと大きな穴ができてしまいました。何をするにも力が入りません。

そこでお殿様は、自分の居間の飾り棚に大きなこけしを置くことにしました。

こけしを置くと、そこにはまるでお姫様がにっこり笑って立っているように見えるのです。こうすれば、お姫様といつも一緒にいる気分になれるからです。

そしてなにかにつけて、このこけしを眺めお姫様のことを思い出すのでした。

   そんな日々が続くあるとき、お殿様がなにげなくこけしを見ると、こけしの顔の表情がいつもと違って見えました。苦しそうな、ひたいからあぶら汗がながれてくるような青白い表情に見えました。

何かあったのだろうか。姫の身に何かよからぬことがあったのではないかと気になって仕方ありません。そこで、お姫様のもとに使いを出すことにしました。

使いの早馬が戻って来てお殿様に報告しました。

「殿、お喜びください。ご出産でございます。姫に若君がお生まれになりました。おめでとうございます」

「おおっ、そうであったか。めでたいことじゃ」

殿様は自分のことのように喜びました。してみると、こけしが苦しそうな表情に見えたのは出産の苦しみであったのかと納得したのでした。

 

   殿様の居間の飾り棚にはあいかわらずこけしが立っており、殿様は、折にふれこけしを見て、今日も姫は赤ちゃんともども無事で暮らしているかなと思いをはせるのです。 

そんなある日、またまたこけしの表情が暗くかげってしまったのに気がつきました。まるで涙を流しているように見えました。 

「ウム?不吉な表情だ。赤ちゃんともども元気で暮らしているという便りがあったばかりなのに、何があったのか・・・」

殿様は、いても立ってもいられなくなり、ふたたび使いの者をお姫様のもとにつかわしたのです。

使いの早馬が戻ってきました。

「殿、一大事でございます。」

「どうした、姫が悪い病気にもなったというのか」

「いえいえ、そうではありません。姫君のいるあの港の町が津波に襲われ、ほとんど家が流されました。さいわい、姫君のお住まいは無事でしたが、多くの人が着の身着のまま寒空の下で震えております。」

   どうやら、想像もつかない大きな津波がやってきて、海辺の家々が流されるだけでなく、田んぼや畑も水浸し、米や作物も全滅してしまったというのです。           

「そうか、そういうことであったか。こけしの表情が曇るのも無理はない。さぞかし姫も町の人たちの苦しみに心を痛めているのであろう。さっそく救援隊を送ろう」
 殿様の命令で食料や衣類など救援物資が集められ、荷車を何台もつらねお姫様の町まで届けられました。

お姫様はみずから町に出て、困った人々に食料や衣類を配ったり、お救い小屋という避難所を見舞い、被災者たちに声をかけ勇気づけたりしました。町の人々も大いに元気づけられ、なんとか笑顔が戻って来たようです。

 

   殿様がいつものようにこけしの顔を見ると、普段のあの愛らしいこけしの目に戻っていました。殿様はウンと大きく頷き、安堵の笑みを浮かべるのでした。