驚愕の物語である。谷崎の小説の奥深くには何かしら奇怪で耽美的で人を引き寄せる魅力があるが、その多くはマゾ的な世界を感じさせる男と女の特殊な関係を描いたものである。

この短編小説はいささか趣が違う。小学校を舞台にした、あっと驚くような物語である。

 

 主人公は小学校の教師である。生まれたばかりの赤ちゃんを含め子供が七人もいて、生活に困り地方の方が生活しやすいだろうと田舎教師になった。彼の受け持ちのクラスに沼倉という転校生が入ってくる。特に目立つような子供ではないが、何故か生徒の間で人望があり、不思議な威厳で子供達を統率しているようだ。一度彼を叱って立たせようとすると、多くの子供が僕も一緒に立たせてくださいと訴えるほどであった。

 ある日、同じクラスの自分の長男が金を持っていない筈なのに、どこからか駄菓子や物を持ってくる。問い詰めると、子供騙しのようなにせ札を取り出した。

泣き泣き告白するには、沼倉を大統領とする王国を作りお札を発行し、各々給料をもらい互いに物品を購入しあっているという。

 ちょうどその頃、主人公は妻の肺病、老婆の喘息などが重なり、赤ん坊のミルクさえ買えない窮状に立たされていた。主人公は意を決し子供達の遊んでいるなかに入っていく。

「今日から沼倉さんの家来になる」

「じゃあ、先生にも財産を分けてあげる」

「明日遊びに来るから、ミルクを忘れないで・・・」


 小学校というイメージが根底から崩れるような震撼とする話ではないだろうか。

王国という虚構の中に現実が紛れ込むような、尋常ならざる話がいかにもリアリティをもって迫って来る物語である。これも谷崎ワールドの一つであろう。

あるいは、沼倉という特異な少年の前に、教師である主人公が拝跪し身を任せる。谷崎流のマゾヒズムなのかもしれないと思うのである。