怖くない
いつものテレビドラマを見終わって、おじいさんは湯呑に残ったお茶をすすりました。
さて、早いけど寝るとするか・・・とつぶやきながらテレビを消したそのときです。おもての通りから大きな声が聞こえてきました。ずいぶん甲高い声で歌を歌っているのです。何だろうね?おじいさんは、おばあさんと顔を見合わせました。
こんなこといいな
できたらいいな
あんなゆめこんなゆめ
いっぱいあるけど・・・
どうやら子どもの声のようです。こんな夜に、こんなに大きな声で歌っては、びっくりするじゃないか。
おじいさんが迷惑そうに顔をしかめながら言いました。歌声はそれからしばらくすると聞こえなくなりました。
三日後の夜です。おじいさんがテレビを消して、夕刊を何気なく手に取った時です。またあの子供の歌が聞こえてきました。大きな声を張り上げて、前の道を通り過ぎていきます。
てとてをつないで
てとてをつないで
おおきなわをつくろう
「おじいさん、また、子供が歌っているね」
「そうだね。なんであんなに大きな声で歌うんだろう」二人には、あんなに声を張り上げて歌うわけが分かりませんでした。その二三日後も同じころ、またまた子供の大きな歌声が聞こえてきました。
はばたくゆめに
みらいをこめて
わがまなびやに
あふれるひかり
「おやっ、どこかで聞いたような・・・」
「おじいさん、あれはたしか小学校の校歌じゃなかったかしらね」
「おばあさんはよく覚えているね。遠い昔のことを・・・」
そんな会話をしていると、おじいさんは、ふとこの子供に興味がわいてきました。どんな子供が大声をあげて通って行くのだろう。おじいさんは、通りが見える窓のカーテンを少しひいて外の様子をうかがってみました。
暗い夜道で、はっきりとはわかりませんが大きなカバンを背にした小さな子供が歩いて行きます。どうやら塾帰りの小学生のようです。
その子は、窓から明かりが漏れたのを敏感に感じたのか、すぐに歌声はやみました。おじいさんもカーテンを閉めました。前の通りはまた真っ暗な通りになってしまいました。
「おばあさん、なんとなくわけがわかったよ。大きな声をあげる理由が」
「どういうことです?」
「怖いんじゃよ夜道を歩くのが怖いんじゃよ。」
「だから、怖さを紛らわせようとあんなに大声で歌っているのね」
おじいさんとおばあさんは、そのあと二人でなにやらしばらく話し込みました。
次の週です、いつもの子供がお爺さんの家の前を通りかかりました。
子どもはびっくりしました。なぜなら、お爺じいさんの家の玄関にある電灯が、今までの小さな裸電球から大きな蛍光灯に変わっているではありませんか。そればかりではありません。いつもは閉まっていた部屋の雨戸は開けられ、カーテンまでも開けられているのです。部屋の明かりが道路まで煌々とさしこんでいるではありませんか。
子どもは、あっけにとられたようでしたが、やがて少しためらいながらも、こんな歌を歌い始めました。
ありがとうのはながさくよ
きみのまちにも ほらいつか
ありがとうのはながさくよ
ありがとう
おじいさんとおばあさんは、カーテンをあけた窓越しに子供のようすを見守っていましたが、やがて子供は通り過ぎていきました。
「さて、おばあさん、子供も通り過ぎたから雨戸をしめて眠るとするか」