虹

 

 先日、おばあちゃんとこんな話をした。

「アッちゃんは(あめ)(おんな)だって?」

「うん、そう言われる。(こま)っちゃう」

「おばあちゃんはね、どちらかというと晴れ女かもね。結婚式とか人生の大事な行事には、いつも()い天気だった。一度アッちゃんの雨女とおばあちゃんの晴れ女が勝負(しょうぶ)するのも面白いね」

「勝負って・・・?」

「二人一緒にどこかに出かけていって、雨になるか、晴れになるか(ため)してみるのよ」

「面白いかもね・・・」

 

 実際(じっさい)、アッちゃんの雨女ぶりは(みんな)に知られていた。昨日(きのう)もこんなことがあった。

 アッちゃんはピアノを(なら)っており、その教室の一年に一度の発表会が区民ホールであった。アッちゃんも参加し、一生懸命メヌエットを()いた。少し緊張(きんちょう)したがまずまずだったと思う。

 発表会が終わったら、午後は家族みんなで近くの遊園地に遊びに行くことになっていた。発表会が始まる前はどんよりした(くも)り空で雨は()っていなかったのに、終わって会場を出ると、外は土砂降(どしゃぶ)りになっていた。

「これじゃあ、やめたほうがいいね」

パパが残念そうに言った

「あんたが雨女だからよ、つまんないの・・・」

お姉ちゃんは私の顔を(にら)むように言った。結局この日は、近くのファミレスで食事をして帰った。

 

 たしかにアッちゃんがからむと雨になることが多かった。(かぞ)えればきりがないくらいだった。

田舎(いなか)のおじいちゃんちに海水浴に行ったときも、台風が近づいているとかで二日連続(れんぞく)で雨に()られ続けた。 

街のお祭りのとき、友達と、金魚すくいをしていたら夕立にあったこともある。

いつの間にかアッちゃんの「雨女」は友達のあいだにも広がっていった。雨女と言われると、仲間(はず)れにされたような気持ちになってアッちゃんの心は(くら)くなってしまう。

なんで「雨女」なんてあるの?雨って自然(しぜん)現象(げんしょう)でしょう?自然のきまりがあって晴れたり雨になったりするのでしょう?

あたしが勝手(かって)に雨を降らせることなんて、できるわけないじゃん、神様じゃあるまいし・・・と思ってみるがアッちゃんの心は晴れない。

 

発表会の日からしばらくたって、おばあちゃんからこんな電話があった。 

「アッちゃん、この前に言った勝負をしよう。晴れ女が勝つか、雨女が勝つか・・・」         

「どうするの?」            

「発表会の後、遊びにいけなかった遊園地へおばあちゃんと二人だけで行こう。さて、雨になるか晴れになるか・・・」

 

電話があった翌日の日曜日、アッちゃんとおばあちゃんは、電車の駅で五つ先にある遊園地へ行くこととなった。

当日、ポツンポツンと(しずく)をたらすような雨だった。どうするんだろう。近くに住むおばあちゃんに電話した。                 

「昨日からの雨が少し残っているだけで、もうすぐ晴れるよ。とにかく行ってみようよ」

駅で()ち合わせ、電車に()った。一つ駅を(つう)()するたびに雲がきれ青空が見えてきた。遊園地につく頃にはすっかり晴れていた。

アッちゃんは、この遊園地のあんまり(こわ)くないジェットコースターに乗りたかったが、おばあちゃんは観覧車(かんらんしゃ)がいいと言うので観覧車にした。

ゆっくりゆっくり身体(からだ)が空に持ち上げられていく。眼下(がんか)に街が、田園(でんえん)が広がってきた。

「おばあちゃん、こんどの勝負はどっちが勝ったの?」               

「引き分けかな」

そんなことを話していると、遠くかすむような山脈の上に虹が見えた。淡い七色の虹だ。大空にかけられた巨大な橋のようだった。             

「わぁ、虹だ、きれい!」        

「ほうとうにきれいだね。アッちゃん、虹って知ってる?雨あがりによく出るの。空に水けがないと虹は出来ないのよ」

観覧車は一番高い所まで登り、ゆっくり()り始めた。いつまでもここで虹を(なが)めていたい気分だった。             

「雨が降るからこそ、こんなきれいな虹が出来るのよ。雨女なんて気にしちゃあだめ!」

おばあちゃんの言葉に、アッちゃんは何度もうなずきながら、花のように微笑(ほほえ)んで見せた。