こんにちは(*^^*)
ご訪問ありがとうございますラブラブ
 

さて、いきなりですが
今回は私自身の内面を深堀りしていく回になると思います。
相当、私の過去をさらけ出してしまう回です。
ちょっとしんどい話も出てくるかもしれませんし、
おそらく身内が読んだら泣いてしまうような事ばかりかもしれませんが……。
最終的には無茶苦茶前向きな話に落ち着くはずなので(たぶん)。
ぜひ最後までお読みいただけると嬉しいです音譜


このブログでも
「部屋を片付けなきゃ~」
「断捨離しなきゃ~」と、
ちょいちょい言っていると思うのですが、
なんだかんだで
あらゆるジャンルのものが混在したままの部屋であるのは
読者の皆様にも想像つくだろうなと思います……。
(;・∀・)

 

で、つい数日前たまたま覗いたゲッターズ飯田さんのブログで
「掃除は基本」
と書かれているのを見て、思わずため息が……。

とはいえ、
「それが出来てたら苦労しないよ~」
と開き直るのも違う気がするし、
出来ないでいる自分に落ち込んでても部屋が片付くわけでも無いし。
出来ない自分がダメなのだと自分を責めてもどうにもならないし。

(一応、とんでもない汚部屋ってわけじゃないですよ汗
 ただあまりにも物が多すぎるというだけで……)
 (;・∀・)

じゃあどうする?って考えたら
とりあえず「完璧」にするのはそもそも無理なんだから
出来そうなことを一個でもやったらいいか、と。
「机の上に出しっぱなしの物を1個でも片付ける」とか。
それぐらいだけでも
「やらないよりはマシかもしれないなら
ほんの少しの事だけでもやったらいいよね」
と、思ったわけです。
そうしてわずかなりにも動いてみたら、
1個だけじゃなくて何個かは片付けられたりして。

そうしたら、ふと
昔、何年前かも忘れてしまったけれど
断捨離とか部屋のお片付けに関する本を読んで
死にたくなるほど落ち込んで精神を抉られたことがあったなぁ……、
なんてことを思い出しました。

なんでそこまで落ち込んだんだっけ……と、思い出してみて。

どなたの何て言う本かすら忘れてしまったのですが
(;・∀・)
その本の中には

「1年後の自分、
3年後(5年後? あやふや汗)の自分、
10年後の自分を想像して、
こうなっていたいと思う自分にふさわしいと思うものを残していく」

……みたいな事を書いてあった、はず。
うろ覚えで申し訳ないですが汗

そこが一番心が崩れたポイントだったんですよね。

当時の私は、
明日の自分がどう生きているかさえ想像できなかったし。

1年後まで生きていたいという願望すらなかった。

未来に対して夢を見るどころか、
少し先の時間にいる自分を想像する事さえ出来なかったんです。

なので、
「あ、これは無理だわ」
と。
片付けどころか
生きていく事自体を諦めたくなってしまいました。
でもよく考えたら
その時点でそもそもすでに生きる事あきらめてるじゃない?
って思って、
全てがバカバカしく感じてしまいました。
片付けようと思う事も
この先も生きて行こうと思う気力も無くなってしまって、
その後しばらく思考力ゼロで過ごしてた気がします。

その頃の事を急に今思い出して、
そしたら
今の私は、実はその頃とは
ずいぶん変われているのかもしれないな、
と気付きました。

 

ついつい
自分ってダメだなぁ、なんて思ってしまいがちなのですが、
それでも本当にわずかな差ではあるものの、
確かに昔よりは前向きになれている気がする!
と思いました。
昔が闇すぎる説もありますが(笑)

で、さらに過去を振り返ってみました。

ちょっと前のこのアメブロでも、
「私は過去を過去として受け止め切れていない」
とか書いていたのですが。
たぶんこの数日は、
今までで一番自分自身について考えた時間だったかもしれません。
自分自身と向き合おうとした時間だったかもしれません。
そういう事は本当に避けてきたし
考えないようにしてたと思うのですが。

不思議と、すごく今必要な事のように思えて。



20代の頃、
私は精神科のカウンセリングに通っていた時期がありました。

10代からずっと摂食障害で
何も食べないか、食べたとしても吐いてしまう。
1日何度も何度も体重計に乗って、
ほんの僅かでも増えていたら絶望感で一杯になってしまう。
何かを食べたり飲んだりしたら
その体積分お腹がぽっこり出てしまうんじゃないかと思って、
水すら飲むのが嫌でした。

食べる事、水を飲む事すら、
出来なければ絶対に生きていけないのに。
出来る状態が当たり前なはずの事が出来ていない自分は
生きていく価値のない人間だと思っていました。

 

初めて受診した日、
精神科の先生に言われました。

「全部治って、体も元気になっている自分を想像してみて」

って。

私は、
「食べても吐かずにいられる、という状態が、もう想像すらできない。
何かを食べて生きていくことが、普通のことなんだと分かってはいるけど、
私にはどうしてもそれができない。ごく普通の食生活を送っている自分が、
本当にほんの少しも想像ができない。
どこか、別世界の話みたいに、現実味が無い」
と。
ゆっくりゆっくり、
時間をかけてそう話しました。

先生は、
「きっと今は、栄養も足りないから脳が委縮してしまって、
血液量も少ないから頭があまり働いていない状態なんだよ。
そのせいで思考力が無くなっちゃってるだけで。
こうしなきゃ、と思ってる事があっても
同じことを何度も繰り返してしまう事もあるし、
自分がどうすればいいのか分からなくなる事が多くても、
脳がそういう状態なんだから仕方が無いんだよ。
意志が弱いとかそういうのは関係ないから、
自分を責める必要は全くないんだよ」

「治療をしていけば、必ず治るからね。
栄養を摂れるようになって、体が元気になっていったら、
きっと先の事も考えられるようになるし、心も元気になっていくよ。
今日こうやって、来てくれたんだから。
大丈夫よ。絶対良くなるからね」

と、話してくださいました。

そう言われても、
その時の私はなんだかぼんやりとしていて、
全く実感が湧かずにいました。

「治っている」という状態がどういう状態なのかも想像できずに、
そんな未来なんてありえないんじゃないかと思っていました。

その後、どういう経緯をたどったのかはぼんやりとしていて、
記憶はあやふやですが。


こうして思い返してみて、
今我ながらびっくりしてます。


今は、超偏食ではあるものの
日常的にご飯を食べて、

お腹が減ったらお菓子も食べるし。
食べ過ぎてお腹がポッコリ出ちゃっても、
「うわ、お腹丸い~っ」
と言って笑っていられる。

 

それがすごく不思議です。
あんなにも、別世界のようにしか思えなかった自分に、
なれているんだ、
という現実。

すごく不思議。



そんな風に、
過去の自分と今の自分が、確かに変化している
という事も、
それに気付いた、という事も
すごく大きな事なのですが。


最近の気付きはこれに留まらず、
まだまだ自分の内面を掘っていきます……。
(;・∀・)

「過去」に出来ていないままの時間が
まだまだあると
気付いてしまったので。



摂食障害の期間が長かった事と関係あるのかは分かりませんが、
32歳の時
大腸がんを患いました。


大腸の1/3と鼠径部のリンパ節を切除しています。
そのリンパ節を取ったって事をここ2、3年前まですっかり忘れていて、
そんなこと忘れるかね?
と、思い出した時さすがに自分でも呆れました。
(;・∀・)

そういえば、手術後の生活についての冊子みたいのをもらった気もするし、
それにはリンパマッサージをしましょうとか書いてあった気がします。
もう一回読んだきりでその存在すら忘れていました。

多くの人は、大きな病気を経験すると
身体を労わるようになるとか、
健康に気を使うようになる場合が多いんじゃないかなと思いますが。

私は本当に呆れるくらい、
自分の身体を大事にするという概念が欠落しきっているのでした。

もうそろいい歳なんですが……。
どう考えても不健康まっしぐらな生き方しかしてない気がします。


当時はもう、入院する前の時点で既に
精神を病んでいたのだと思います。
おそらく、摂食障害だった頃より深く病んでいたのだと思います。

なんせまぁ肉体的な限界はとっくに超えていたと思うので、
むしろ正気を保っていたら生きていられなかったかもしれません。
その頃は、
痛み止めが切れる事の方が死ぬことより嫌なくらいだったので。

陣痛を体験した時も、
この世にここまで痛い事ってあるん???って驚いたものですが、
それを余裕で超えてたし。
しかもいつまで続くのか、終わりがあるのかどうかも分からないままの地獄。
この窓から飛び降りられたら楽になるのかな~
なんてふと考えても、
その時は自力でベッドの上に上半身を起こす事すら出来ない状態だったので。
もしどうにか窓の前まで行ったとしても、
窓枠まで足を持ち上げられない事も分かっているし。

もう死にたいと思う気力すらなく。

自分が癌だと言われても、

ひとかけらもショックを受けなかったんです。
「ふーん」って。
まぁ、そうだろうね、くらいの感じ。
むしろ、そうじゃなきゃ他に何があるっていうのよ、ってくらい。

手術することが決まって、手術の内容の説明を受けた時、
「手術中に命を落とす可能性もあります」
と言われても、
「ふーん」、って思ったし。
大腸の外側に大きな膿の塊が成長していて、それが下半身の神経に絡みついている状態だったらしく、
「足へ向かう神経ごと取るかもしれないので、手術後は自分の足で歩けなくなっている可能性があります」
と言われても、それも
「ふーん」と、
どこか他人事のように聞いていました。

だってもう、まな板の上の鯉だよ。
どう刻まれようが死のうが、
もうどうしようもないじゃん。って感じでした。

で、手術の予定は、
他の手術を無理矢理ずらしてもらってねじ込んで決めてくれたらしいです。
診断書には確か「緊急手術」って書かれてたと思います。

でも、手術予定日の前々日に
担当の先生が病室へやってきて、言われました。
「今の状態では手術に耐えられるだけの体力がないので、
手術自体が出来ないかもしれない」
と。

さすがに、
「あぁ、これは死ぬなぁ」
と思いました。
なのに変に淡々としていて。
それに対して嫌だと思う事も無かったし、
死ぬことが怖いと思う気力も無かったです。

結局、手術前日に輸血を2パック分受けて、
どうにか血圧や貧血の値がギリ通常の範囲内に達したらしく、
手術は行われました。

時間をかけて丁寧に膿を取り除いてくれたらしく、
神経を切る事もなく無事に悪い部分は完全摘出されました。
術後しばらくは痛覚や皮膚感覚にしびれはあったものの、
運動機能には全く問題はなく、
おかげさまで自分の足で歩くという生活が送れています。


喉が渇いたら水を飲んで。
お腹がすいたらご飯を食べて。
自分の足で立って。
自力で歩くことが出来る。


当たり前になりすぎていたらつい忘れてしまいます。
実は本当に
奇跡的に素晴らしいことなんだと。

どうして忘れちゃうんだろう。
って、
何も考えないようにして生きてる自分が
時々情けなくもなりますが。


……で、そんな体験をしたうえでもまだ、
不思議なくらいにずっと、
自分を大切にしてあげられない。

なんでだろうなぁ、と。
考え続けて、ようやく、気付きました。

私は、
「こんな事もあったけど、
今は幸せに生きています」
という結論に達する事が出来ずにいるんだ、と。
だから過去の話をすることも出来ない。

ちょっと異常にも思えるほどの
自己肯定感の低さと自己愛の欠落が、
「過去」を乗り越えられない根本的原因なのかもしれない、と。


大腸の手術の後。
日に日に身体は良くなっていっているのに、
私は実は後悔していたんです。

病院なんて来なければ良かったんじゃないか、って。
手術も受けなければ、
そのまま死んでいたはずなのにな、って。

「助かって良かった」と、
「生きていて良かった」と
思う事が出来なかった。

そしてそれがつい最近まで続いていたんだって事に、
この数日で急に気付いてしまったんです。

自分の中に、何となく闇が潜んでいるのは感じてはいたけれど、
その正体が急に明確に見えた気がして。
かなり衝撃でした。

でも、悲しい衝撃ではなく。

 

「あぁ、そうか!!」
「そうだったんだ!!!」

って。

「私は、自分が生きていてもいいんだって、思えずにいたんだ」
と。

そう気づいてようやく、
重くて固くて微動だにしないと思っていた扉が
バンっ!!!と勢いよく開いたような気がしました。
それはもう、爆発するかのような勢いで。



ずっと、
どこが痛いのかもどこが悪いのかも分からないままでいたから、
癒すことも、治すことも出来ずにいただけ。

「ここだったんだ!」
っていう部分にはっきり気が付いて、
ようやく、
そこに光を当てる事ができた気がしました。

そして、
気が付く事ができたら、
「もう大丈夫」
って、思う事ができました。

今までだってずっと、
「自分を大切にしなきゃ」とか、
「現状をありがたいと思わなきゃ」とは思っていたはずなのですが、
やっぱり頭の中ではそう思っていても、
どこか表面的だったんですね。

だけど、
今は驚くくらいの鮮明さで、
心の真ん中に深く突き刺さっています。

過去を正面から見つめ直して、
今初めて

自分自身を愛おしく感じられている気がします。

 


『いろんな事あったなぁ』

『そこそこ、大変だったよね』

 

 

『こんな人生の中、
今まで、生きてきてくれてありがとう』

 

 

……と、
生まれて初めて
自分自身に対してそう思う事が出来ました。

 


ずっと自分の中にいたはずなのに見えなくなっていた自分自身に、
初めて出会えたような気分です。

 


私が大好きなあの小説を、
読んでくださった方は気付いたでしょうか。
自分でもすごく思います。

もうほぼ○○(登場人物の一人)じゃない?
って(笑)

 

真澄さんに出会って、
あの小説に出会ってから、
そこそこ時間が経ったのですが。
何度も何度も読んで、
理解しているつもりではいたのですが。

直近のここ数日でようやく、
心の底から

「こういう事か!」

と強く実感できた気がします。


こうして、明確に自分自身に対する気付きがあったのは本当に直近の事ですが。
でもここに至るまでも
少しずつ、少しずつ、
私の中に積み重なっていたものがあったんだろうなと思います。

 

 

最近着付けの練習を楽しめているのも、
実は娘の二十歳の集いの日に
私が着付けしてあげたいと思っているからなんですよね。

そしたら、
最低でもそれまでは元気な状態で生きていなきゃいけないじゃないですか。
だから、もうちょっと自分の身体も大事にしなきゃと思う部分も増えて。

 

 

我が家の宝石ちゃんの振袖姿は今から楽しみなのでキラキラ
未来に楽しみに思える事があるって言う現在に、
幸せが詰まっていると
最近気付くようになりました。

いつの間にか、
未来の事を考えられる自分になれていたんですね。



今まで、
何をやっても一つの事をずっとやり続けることがあまりなく、
ひとしきり夢中になったら、
ふと急にやめてしまったりが多かったです。

それが趣味がコロコロ変わる原因でもあったのですが。
それに対しても、最近はちょっと変わったかなと思います。

私はいつも、夢中になり過ぎる自分を
無意識にどこかでセーブしようとしてたみたいです。

ハマる時はものすごい深さでハマるんだけど、
ふと急に、
「なにやってるんだろう、私」
と思ってしまう瞬間がやってくる。

それが好きな物・事に対する感情が冷めるとかではなく、
好きであればあるほど、
急に自分自身の事が大嫌いになってしまう瞬間がやってくるんです。

それを続けた先にいる自分が想像できない。
何かに夢中になる自分を許してあげられない。

 

だからいつまでも
「何をやってもダメな自分」という自分のイメージから抜け出せない。

そんな感じがずっと続いていた気がします。


でも、ちょっと前の記事に書いた話ですが。
たぶんウングァン様をフォローしてから、
急に肩の力が抜けたというか、
開き直ってきた気がします(笑)

「あぁ、私、
 もっと自分の好きな事はちゃんと好きでいてもいいんだ」
って、思うようになりました。

今までにも、
お気に入りのアーティストのブルーレイとか、
元気が無い時に自分を励まそうと思って買ってみたりもしたんですが、
どういうわけか
せっかく買っても見れないままの物もいくつかあって。

それは、

自分を楽しませるためだけに時間を使うことにすごく抵抗があって、

2時間前後消費する事を考えると結局見れないというか。
2時間ずっとTVの前に座っている自分を想像できなかったんですよね。

なのに最近は
ブルーレイ・DVD、You Tubeもひたすら見ます(笑)

そして、
むちゃくちゃ幸せに浸れますラブラブ


私のこの変化も。
自分一人でたどり着いたわけではなくて。
今まで私の人生を支えてくれた人たちがいたからこその、
「今」なのだと。
そう思えるようになって、改めて
この世界の全てに対して感謝の気持ちでいっぱいです。


両親、姉、夫、娘。
義両親、親戚の皆様。友人。
一度でも関わったことのある方の全て。
そして、私の各アカウントを一度でも見てくださった事がある方の全て。

私と出会ってくれて
ありがとうございます。

 

みんな全て、

私の幸せな人生の大切な部分です。


そして、
川瀬真澄さま。
私がこうして人生を考えるきっかけというか、土台となった言葉たち。
あの本の中の言葉の全てが
きっと私の中に生き続けるはずだと思います。

本当に、ありがとうございます。
大好きです。

 

 

そして、ソ・ウングァン様。
大好きですキラキラ
(*´艸`*)

 

ここまで書いてきて、

脳内はもう完全に
『Greatest Moment』ですキラキラ


改めて、この時の私の感想と共に読んでみていただきたいです。

『Greatest Moment』 ソ・ウングァン 和訳してみました

これを書いた時以上に、
今はさらに泣けます……。



なんだか長々と書いてしまいましたが。

正直、こんな事書いてもよかったのかな……?
と迷う部分も多々あります。

それでも、
もし今回のこの記事が
世界のどこかで、たった一人にでも、
小さな励ましとなれていたらいいな、と思います。


今、
世界が闇のようにしか思えていない人が
もしいるなら。

ほんのちょっとだけでも
信じてもらえたらいいな、と思います。

 

この世界は闇じゃないって事。

光はちゃんとある、って事。

今は何も考えられなくて
何も見えない、と思ってしまうかもしれないけど。

でも、
闇だと感じ続ける時間も、永遠ではない、って事。

 

どんなに時間がかかっても、
いつかはきっと
光を感じられる自分になれるから。

 

頑張ろうとしなくてもいいし、
過去を乗り越えようとしなくてもいい。
ただ、今の自分のままで時間が過ぎるのを待つだけでもいい。

そうしたらいつかは
自分の周りにも自分の中にも、
光が溢れていることに気付ける日が
必ず来るから。
 

 

私は、約30年もかかってしまったけれど。
私はとにかく何をするにも遅い方なので。
でも皆さんはきっとそんなこと無いと思う。

だから大丈夫。

そう言いながらも
私もまたこれから迷う日も
落ち込む日もたくさんあるだろうけど。
でも、そうなっても
それもずっとは続かないって思える気がしています。



最後に、今回は載せるような写真も無いのですが、
現状のちょいカオスを(笑)

変な物も映っているので
とりあえず下半分ぼかしてみました笑い泣き

CD類は収まりきらずに別の所に詰め込んであるのですが……。
ここはまだマシな方で、
筆が見えている側の棚とか、
それ以外の場所はひたすら物が多いですあせる
 

今年の目標は推し棚を作る事!にしようかな!
もっとちゃんと飾っておきたいものいっぱいあるのに出せてないので
笑い泣き
気合い入れて片付けよう!!
ヾ(*´∀`*)ノ


でもって、
溜め込みすぎた落書き類はさすがに処分しようかと思います汗
もうどこにも収まらなくなってきたので汗
特にコピー用紙の厚みと重さがすごいのよ。

 


……と、いうわけで。
ここまで長い独り言にお付き合いくださり
ありがとうございます。

重い話も結構書いたはずなのに、
何故か爽やか、というか
不思議とスッキリとした気分ですキラキラ

心の洗濯ができたという事でしょうかね。
(*^^*)



ではでは、
今日も最後までお読みいただいて
ありがとうございましたラブラブ