川崎大師を訪れる。御守を返すため。新しい御守は買わなかった。

 

いつもは裏から入るが、お詣りも最後かもしれないと思い、仲見世から入る。

 

 

 

 

ちょうど護摩の最中だった。大きな太鼓の音を聞くと、川崎大師にやってきたと感じる。護摩修行の太鼓の音はここが一番迫力があると思っている。気が引き締まる。

 

 

 

(付記)川崎大師の初詣客は明治神宮に次ぐというが、いつ頃からこうなったのだろうか。これが案外と新しい。戦後の生活が落ち着きを取り戻した昭和30年以降のことらしい。

 

そもそも江戸時代には初詣という習慣はなかった。明治以降、鉄道の発達とともに、いわゆる観光キャンペーンのような形で初詣習慣が形成されたらしい。

穴守稲荷神社を訪れる。古い旅行安全御守を返すためである。新しい御守は買わなかった。

 

(鎮座地)東京都大田区羽田

(祭神)豊受姫命

 

飛行機の安全を守る御守としてはここがベストか。もともとは現在の羽田空港の敷地内にあった。羽田空港の拡張工事のため現在地に遷座した。

 

文政年間(1804年~31年)に創建されたものとされる。羽田浦の堤防に穴が開き、それを守るために祠を建てたのが始まりである。穴守はこれに由来する。

 

稲荷伸には豊穣ばかりではなく、災厄を防ぐパワーもある。

 

 

最初に訪れた時とは境内の様子が変わった。特に社殿の背後が。

 

 

 

右側に奥宮へ行く参道があり、稲荷特有の赤い鳥居が並んでいる。

 

 

奥宮。

 

 

新しい鳥居を建てるべく業者が工事をしていた。

 

 

かたわらに、坊主頭の作務衣を着た人がいた。坊さんなのかと思ったぐらいだが、話をすると、神職さんである。

 

あと2本ぐらいで、鳥居を建てるスペースがなくなるという。小さな鳥居はまだ余裕があるから、そちらの方をお願いすると云っていた。

 

 

 

 

浜松八幡宮を訪れる。遠鉄八幡駅の前にある。

 

(鎮座地)静岡県浜松市中央区八幡町

(祭神)玉依比売命 品陀和気命(=応神天皇) 息長足姫命(=神功皇后)

 

玉依比売命が祭神になっているが、もともとは浜名湖で許部神社として創建されたからである。浜名湖の海を鎮めるために玉依比売命を祀った。仁徳天皇の時代とされる。

 

938年に現在地に移り、1051年に源義家が八幡神を勧請し、八幡宮となった。

 

 

 

 

境内に東照宮御由緒の雲立楠がある。三方ヶ原の戦いに敗れた徳川家康がここに隠れたという伝説に由来する。

 

 

 

 

浜松市の中心にある五社神社・諏訪神社を訪れる。二つの神社名が並列する珍しい神社である。扁額を見れば分かるね。

 

 

(鎮座地)静岡県浜松市中央区利町

(祭神)五社神社=太玉命、武雷命、斎主命、天児屋根命、姫大神

    諏訪神社=建御名方命、八坂刀売命、事代主命

 

五社神社は、もとからここにあった。別の場所にあった諏訪神社は江戸時代に焼失し、城下町整備の都合上、五社神社の隣地に遷座した。五社神社と諏訪神社は隣接していた。

 

こうなると、明治の神社合祀政策で一つになったと思いたいところだが、明治以降も変わらなかった。

 

五社神社と諏訪神社の社殿は、両方とも国宝に指定されていたが、戦災で焼失した。その再建の過程で合祀する方向になった。宗教法人としての統一は1960年で、1962年に合祀することが正式に決まった。

 

その後の過程が長い。現在の社殿が建てられたのは1982年である。終戦後37年間、仮社殿だった。

 

 

 

 

これが拝殿である。五社神社と諏訪神社と二つの神社があるが、拝殿も本殿も一つである。ややこしいが、左側が五社神社、右側が諏訪神社で、賽銭箱は二つある。

 

静岡浅間神社を思い出したね。同じ形だ。静岡浅間神社も浅間神社と神部神社の二つの神社があって、拝殿は一つである。

 

 

浜松城に近く、五社神社も諏訪神社も、両社とも、徳川秀忠の産土神である。歴史があるから、一つの神社名に統一できなかったのだろう。

 

 

東海道新幹線に乗る度に、浜名湖の湖中に立つ赤い鳥居が気になっていた。どんなものかと、訪れてみる。

 

(鎮座地)静岡県浜松市中央区舞阪町弁天島

(祭神)市杵島姫命

 

これが鳥居である。しかし、現実は鳥居ではないというのが驚きだ。

 

弁天島観光シンボルタワーである。つまり、これは観光用のタワーである。建てられたのは1973年である。

 

 

では、辨天社がないのかというと、これは存在する。辨天神社と云う。

 

 

これが辨天神社の社殿。

 

 

昔からあったというが、1709年に建てられたというのが確実である。

 

地震で崩壊したこの地の復興を請け負った松葉屋喜兵衛が、この地の守護のため、川越の辨天を勧請して、創建されたという。

 

川越の辨天が浜名湖で祀られるというのは興味を引くところである。

 

日本五大稲荷のひとつという高橋稲荷神社を訪れる。

 

五大稲荷とは何かという疑問はある。頭に浮かぶのは、伏見、笠間、祐徳、太鼓谷、そして高橋の五つである。

 

(鎮座地)熊本県熊本市西区上代

(祭神)宇迦之御魂大神

 

高橋という名称から個人が建てたように思えるが、実際は鎮座地の地名である。1661年創建。海蔵寺の鎮守の神だったが、海蔵寺は明治の廃仏毀釈で廃寺となり、稲荷神社だけが残った。

 

稲荷山の中腹にある。

 

 

 

登り口に大きな提灯があって、驚く。

 

 

拝殿。

 

 

 

赤い鳥居は、ここから階段を上がったところに立っている。

 

 

 

上に上がり、周囲を見る。高橋稲荷神社の全景である。

 

 

御朱印。

 

 

木原不動尊から六殿神社へと向かう。近い。

 

六殿神社は国指定の重要文化財の楼門を持つ。

 

(鎮座地)熊本県熊本市南区富合町木原

(祭神)阿蘇大明神 天照皇大神 埴安姫神 諏訪大明神 氷川大明神 稲成大明神

 

六柱の神を祀っているので六殿神社である。地元の人は、六殿宮(ろくでんぐう)と呼んでいる。

 

1155年ごろ、源為朝が遥拝所を設けたのが始まりとされる。その後、1178年に高倉天皇の勅願により、社殿が建てられた。

 

 

室町時代の建てられた釘無の楼門が有名である。国指定重要文化財である。

 

 

楼門よりも、この石造りの鳥居の方に目が行った。古くて、いまにも倒壊しそうに見えたからである。

 

 

楼門。室町時代のもの。釘を使っていない。よほど精緻な造りと思えるが、建物には疎いのが残念である。

 

 

 

拝殿。

 

 

 

御朱印。

 

日本三大不動と云われる木原不動尊を訪れる。

 

(住所)熊本県熊本市南区富合町木原

(本尊)不動明王

 

日本三大不動とは、成田不動、目黒不動、木原不動のことを言う。目黒不動でこのことを知った。調べると、木原不動は熊本市にある。八代神社をお参りした帰りに木原不動に立ち寄る。

 

木原不動の正式寺号は雁回山長寿寺である。延暦年間に最澄が開基したと伝わる。本尊の不動明王像も最澄が一刀三拝して刻んだとされる。

 

この由緒で、日本三大不動の一つとされたものか。

 

訪れてみると、…普通の寺で、いささか拍子抜けした。境内に人気がなく、私一人が佇む。住職さんは、インターフォンで呼び出した。

 

 

御朱印。

 

 

 

妙見信仰発祥の地である八代神社を訪れる。

 

(鎮座地)熊本県八代市妙見町

(祭神)天之御中主命 国立常尊

 

妙見信仰は北極星・北斗七星を宇宙の中心と考える。そのパワーの守護を頂く信仰である。妙見さんとして親しまれている。全国各地に妙見さんがあるが、その発祥の地が八代市である。なぜここから始まったのか、気になるところである。

 

その理由は、そもそも妙見信仰が中国の信仰だったからである。中国発の信仰が東シナ海を渡り、九州の竹原の津に上陸した。680年のことという。

 

当時の竹原の津は中国・朝鮮との交易の重要拠点だった。竹原の津は八代市の北部にあったというが、現在では海から10キロほど内陸にある。海面が後退したこととその後の干拓による。

 

竹原の津に上陸した妙見神は758年に横嶽ノ嶺に鎮座した。795年に妙見上宮が建立された。ここから段々山を下り、中宮、下宮が建立された。今、私たちが訪れるのは下宮である。

 

 

神門を通るが、神門の背後に拝殿がある配置になっている。

 

 

 

拝殿。

 

 

境内は、広いとはいえない。朱塗りの社殿が華やかである。

 

 

 

八代神社のみょうけん祭は、九州三大祭りの一つとされ、ユネスコの無形文化遺産にも登録されている。八代神社の境内ばかりではなく、市内全域で行われる。

 

御朱印。

 

建武中興十五社の一つ・八代宮を訪れる。

 

(鎮座地)熊本県八代市松江城町

(祭神)懐良親王 良成親王

 

懐良親王は南朝方の征西将軍として活躍した後醍醐天皇の皇子である。

 

旧八代城の中に創建されたお宮である。1880年に建てられたもので、国家神道の神社である。やはり境内は厳めしさがあり、独特の威圧感が漂う。

 

早朝にお参りしたのでまだ朝焼けが残っていた。

 

 

 

八代城址の石垣。ここは石垣だけが残っている。天守閣も櫓も存在しない。

 

 

 

神門を通る。周囲は回廊で囲まれている。

 

 

拝殿。

 

 

御朱印帳を持参していたが、早朝なので、御朱印は無理だと思っていた。直筆で書いて貰えたのは予想外だった。