1994年以前のバブル期、私も1984年頃からIT業界に転職して仕事も頑張って毎年3~5割昇給+ボーナスは年間6~8ケ月という最高の時期で、1990年頃からは部長職で約年収1000万円貰っていた時代で「ジャパンドリーム」かと思わせる時代でした。
でもバブル崩壊と同時に個人的なあがきで会社(サラリーマン)を離脱して起業しましたが、一時は「首でも括るかっ!」のどん底心境も経験して、何とか以前と同額年収以上の維持をするのに苦労したのを覚えています。
私は一人っ子で頼れる兄弟も無く人と接する事が少なく親戚付合いも無く孤立した時間を過ごしていましたが、高校時代からその反動なのか女性との繋がりだけは欠かせませんでしたっ。
結局は48歳の頃に沖縄の誘いににってしまい、余禄資産も使い果して会社を2つ潰しましたっ。![]()
人に雇われた人生は14年、人を雇った人生は13年、フリーランス人生は20年で69歳(1年半前)迄は何とか家族との生活維持のために頑張って仕事をしてきました。
今や日本の時給は台湾より低い現実で円価値も下落で同じ年収額面でもグローバル視点では半分以下の価値しかありません。
※今迄頑張ってきた評価も世界から観れば半減ですっ。
バブル崩壊後の30年間、日本は何も対処しなかった事で実質経済成長率は1%以下で世界160位に下落しています。
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOMG220UE0S5A221C2000000/
この現実を日本の政治家・官僚・行政機関は視て観ぬふり「日光東照宮」の「見ざる言わざる聞かざる」の猿と同じですっ。
※チンパンジー位の頭脳で対応して頂きたかったっ。![]()
それに比べてフィリピンはGDP成長率5%超えであり。我が家は、兄弟の子供達が来て泊まっていくので日本在住時代にはなかった癒しの一時は嬉しい限りですっ。
また、古いレジデンスなので隣近所の方々も気軽に声も掛けて頂き、サリサリは母親の井戸端会議場にもなってますし、家賃も安くて何か壊れても周りの方々は修理してくれたりと、母親がここは離れたくないと思う位によい場所です。
この労わりがあるコミュニケ―ションと助け合いが昔の日本のように有れば、バブル崩壊後も世界に遅れを取らずに歩めたのかと思いますっ。
さて、来年は高市総理の手腕が炸裂する事を祈っています。
皆様も良い年越しをお過ごしくださいっ!。
渡比っひっ!y(;∀;)m


