いままで、ブログ放置しててすみませんでした…
なんか色々考え事してました(汗
でもキャンパスナイターズの皆様のブログは毎日チェックしていたというたわけものなデーブですw
そして今日は友達と東京ドームに広島-巨人を見に行きます。
今日の試合は先日亡くなった木村拓也コーチの追突試合です。
自分は広島ファンなのですが、木村コーチの現役時代にスタンドでスクワット応援をしたのを今でも覚えてます。
心から哀悼の意を表します。
でわでわ。。。
今回はBUSHI(T28)選手だす![]()
T28(テツヤ、1983年 4月5日 - )は、全日本プロレス 所属のマスクマン「BUSHI(ブシ)」として活躍する男性プロレスラー である。本名は清水 哲也(しみず てつや)。東京都 足立区 出身。身長172cm、体重83kg。リングネームは、本人が自分の持ち物に「T28」と書いていたのをそのまま使っていた。憧れの選手はカズ・ハヤシ 。
経歴
アニマル浜口ジム でトレーニングを積んだ後、『武藤塾 』の新人オーディションに合格し入門。デビュー前からリング上でブレイクダンス を披露するなど注目されていた。入門後は武藤敬司の付き人をしていた。
2007年 3月12日 伊勢崎大会にて平井伸和 戦でデビュー。入場時には、得意のブレイクダンスを披露する。試合衣装は、新人らしからぬシルバーのハーフパンツに、キャップを被った独特のスタイルである。
5月シリーズでは、真田とのシングルマッチでファイヤーバードスプラッシュを初披露し、シングル初勝利を飾った。
6月10日、「武藤祭」にて佐々木健介 とのシングル対決が実現。
2008年 2月、夏目ナナ プロデュース興行「PLAYBOY CHANNEL NIGHT」で、KUSHIDA とのコンビで優勝。
その後、ジュニア・タッグリーグ戦 に同タッグで出場が決定した。この際、コスチュームを白と緑の新しい物に変更した(風水的に良い色らしい)。リーグ戦ではカズ・ハヤシ &エル・サムライ 組、大和ヒロシ &KAI 組から勝利を奪い、デビュー時からの成長を見せた。
4月20日の後楽園ホール大会では、同門のKAIとのシングルマッチが実現した。結果は、KAIのスプラッシュプランチャでピンフォール負けを喫している。
6月22日、師匠カズと組んで、留学生のアントニオ・トーマス、KAIとタッグで対戦。KAIは世界ジュニア王者の土方から特殊な試合形式とはいえピンフォールを奪っており、やや先を越されていた感もあったが、この試合でファイヤーバードスプラッシュで勝利。ライバル心を剥き出しにした。
6月28日、シリーズ最終戦ではKAIにリベンジを許してしまうが、KAIと共に次期シリーズのジュニア・ヘビー級リーグ戦に向けてアピールした。
ジュニアリーグでは初戦で憧れであるカズ・ハヤシと対戦し敗れる。しかしその後、フィル・アトラス と引き分け、先輩レスラーであるTAKEMURA を撃破するなど、優勝には手が届かなかったが、若手としてはなかなかの好成績を残した。
9月13日 対土方隆司戦にて腰を負傷。このシリーズは休養している。
11月4日、復帰の見込みが立っていた頃に、無期限のメキシコ武者修行が発表された。これは、本人のたっての希望であり、「いま復帰しても上の上へ行くことはできない」というもの。
11月24日には、メキシコへ出発し、マスクマン「BUSHI」として活動。
メキシコマットではIWRGインターコンチネンタルライト級王座を2度獲得、最優秀外国人選手に選ばれるなど活躍。しかしマスカラ・コントラ・マスカラで破れて素顔を晒してしまい、帰国が決定した。
2010年 2月7日 の後楽園大会での凱旋試合が決定。1年2ヶ月もの間マスクを被ってきたこだわりがあるため、全日マットでもマスクマン「BUSHI」としての活動を継続していく事を発表した。
4月11日 、チャンピオンカーニバル2010最終戦にてカズの持つ世界ジュニアのベルト挑戦が決定した。
メキシコ、IWRG時代には、インターコンチネンタルライト級王座を2回、最優秀外国人選手賞をも受賞している。
スコーピオン(オリエンタル・スペース)
ついさっき帰ってきました![]()
福島でのことも後々書きます![]()
今日は真田聖也選手です。。。
真田 聖也(さなだ せいや、男性、1988年 1月28日 - )は、日本 のプロレスラー 。新潟県 新潟市 出身。身長182cm、体重95kg(増量中)。全日本プロレス 所属。
経歴
小学校4年の時に兄がプロレスのゲームを買ってくる。当時プロレスについて全く興味が無かったが、気になってその日の深夜に放送していた長州力 の引退試合を見る。長州の試合の前にやっていた蝶野正洋 と越中詩郎 の試合中にヒロ斎藤 が乱入したり、野球選手の鈴木尚典 と三浦大輔 が出てきたりとなんでもありのプロレスに興味を持ち始める。
中学時代は野球部で、高校時代から柔道部に所属する。しかし、2年で柔道をやめてレスリング部に所属するようになり、プロレスラーを目指すようになる。『武藤塾 』の新人オーディションに合格し入門。トレーニングの成果からか入門後に5cm身長が伸び、本来ジュニアヘビー級 でやっていくつもりであったが、ヘビー級として頑張ることを決意する。
2007年 3月13日高岡大会にて中嶋勝彦 、T28 を相手にデビュー(パートナーは土方隆司 )。5月29日には、佐々木健介 、中嶋勝彦 と組み「サムライTV 杯争奪トリプルアロートーナメント」で優勝し、デビュー2か月でプロ入り初のタイトルを獲得。またその準決勝でT28から逆エビ固めで勝利し、プロ入り初勝利を飾った。
6月24日、VOODOO-MURDERS (以下VM)との試合後に、小島聡のマイクを横取りし、マイクパフォーマンスをする。この後小島は真田、T28と共に新たなユニット『AJF(オールジャパン・フューチャー)』を結成することを明言。しかし、小島がこの日のメイン終了後に本体を裏切りまさかのVM入りをしたため、AJFは幻となった。
7月15日、T28から逆エビ固めでシングル初勝利をあげる。10月シリーズでアブドーラ・ザ・ブッチャー と対戦。椅子で滅多打ちにされたが、試合後レジェンド級の選手から「彼はスターになれる素質を持っている」と絶賛された。
2008年 はヘビー級に転身すると本人が明言。4月5日、第一試合にKAI 、大和ヒロシ との若手タッグで、カズ・ハヤシ 、荒谷望誉 、平井伸和 組と対戦。試合は真田が荒谷を投げっぱなしジャーマンでピンフォールし、初の先輩越えを成し遂げた。そして最終戦では征矢学とのタッグで荒谷、平井組と対戦。平井からドラゴン・スープレックス・ホールドで勝利し、期待に応えた。そしてその勝利の後に、来年(2009年 )のチャンピオン・カーニバル への出場を立候補した。
5月5日、韓国・ソウルでの新韓国プロレスNKPWA世界チャンピオン決定戦に、KAIとのタッグでの出場が決定した。これが初の海外遠征である。6月22日、後楽園ホールにて健介オフィスの起田高志 とシングルで対戦。序盤圧倒するも後半は起田のアメフト殺法に苦しめられなんとかドラゴン・スープレックスで勝利。全日本の意地を見せた。
9月シリーズの後楽園で行われた鈴木みのる のGURENTAI VS全日本プロレス本隊5対5マッチ(GURENTAIが負ければ全日本撤退、勝てばGURENTAIがシリーズ全戦メイン)に抜擢される。試合はパートナーの西村、ジョー、カズが破られ残されたのはキャプテンの武藤と真田だけだったがNOSAWA論外 をドラゴン・スープレックス、TAKEMURA を後方回転足折固めで立て続けに破った。試合こそキャプテンの武藤がフォールを取られ破れたものの正規軍の中で唯一最後まで生き残り、先輩レスラーから立て続けに2勝を挙げた。
11月3日両国大会で、征矢学にやぶれるも、試合終了後に征矢から最強タッグ出場の申し立てがあった。真田もコレを承諾し、年末の世界最強タッグ決定リーグ戦 への出場をアピール。 最強タッグでは征矢と共に奮闘するもキャリアの差から連敗が続き、武藤・浜亮太 組との対戦でようやく1勝を掴むと二人で喜びを爆発させた。 しかし最後の対戦相手であったジョー・ドーリング ・ゾディアック 組がゾディアックの負傷欠場により戦線離脱。
最強タッグの成績は2勝5敗という結果に終わったが師匠の小島と対戦した際その若さと勢いを評価された。
3月1日、後楽園ホールでパートナー征矢学とのチャンピオン・カーニバル出場権を賭けたシングルマッチが決定、これに勝利しチャンピオン・カーニバル出場権を獲得。
チャンピオン・カーニバルに向けてトレーニング器具に頼らずあえて自然の中でトレーニングを行う。CC出場権を争った征矢が全面的に真田のトレーニングをサポート、4月5日の開幕戦でもセコンドについた。 しかし結果は全敗。チャンピオンカーニバルの過酷さを身にしみて痛感した。
5月17日 、パートナーである征矢と組んでF4のKAI、大和とタッグで激突。若手同士の熱い試合を展開し、結果はパートナーの征矢がKAIから勝利。この試合を見た武藤敬司から「俺達には出来ないような可能性を見た。」と高評価を受けた。
それからも相棒の征矢と共に若手ヘビー級戦線で活躍していたが、その征矢が長州に弟子入り志願するなど話題を集めていることにジェラシーを爆発。2009年度の最強タッグでは相棒の征矢ではなくその師匠の西村修と組んで出場することが決まった。その後、元相棒の征矢から逆さ押さえ込みで勝利した試合のバックステージにて、西村から「無我の後継者に相応しい」とのコメントを受ける。本人も無我の思想を追求していく構えであり、しばらくは派手な大技を出すことを控えている。
10月、ANNIVERSARY TOUR 09では開幕戦の6人タッグでライバル征矢から西村仕込みの逆さ押さえ込みで勝利。前三冠王者の高山、諏訪魔、河野、ドーリング、ゾディアックというスーパーヘビー級の大物選手とシングルで対戦(結果は全敗)、タッグマッチでは大先輩の渕からフォールを奪うなど大健闘した。
肝心の最強タッグリーグでは太陽ケア 、鈴木みのる の世界タッグ王者チーム戦ではなんと真田本人が元三冠王者のみのるからフォール勝ちを納めるという大金星を見せるなど今後の活躍を予感させたが、インフルエンザ にかかってしまうという事態に陥ってしまい無念のリタイヤ。(その後もジョー、KAI、小島もインフルエンザでリタイヤ。)ブログ上でファンに謝罪した。
12月13日 、ファン感謝デーで復帰。「ALL JAPAN FUTURE」として河野とタッグを組み、諏訪魔・征矢組とメインで対決。24分の激闘を展開し、最後は真田自身が諏訪魔のラストライドに沈んだ。
2010年 1月3日 、新春シャイニングシリーズでは諏訪魔、河野、征矢、浜と新世代タッグを結成し、武藤、小島、曙 、西村、船木誠勝 組と3本勝負で対戦。その際師匠の西村から首固めでピンフォールを奪い、新世代軍の勝利に貢献した。更に翌日、西村とのタッグで諏訪魔、河野組と対戦。なんと諏訪魔からこだわりの回転足折りエビ固めでまさかの大金星を奪って勝利。自身のインフルエンザで途中欠場して幻となった諏訪魔・河野組との最強タッグリーグを制した。
2月7日 、後輩の中之上靖文 とのシングルに勝利した後、バックステージで一番気になる選手として太陽ケア を挙げ、HOLD OUT TOUR 2010の開幕戦でシングルマッチが決定した。
2月28日 、グリコパワープロダクションドリームマッチにてベンチプレス大会に出場。近藤修司 、中之上靖文、中西学 、平澤光秀 というメンバーの中で220kgを記録し準優勝に輝いた。
3月7日、HOLD OUT TOUR 2010の開幕戦、太陽ケアとの対戦が実現。入場曲を一新し、黒かった髪を金髪に染め上げてファンにアピール。試合は元三冠王者相手に大接戦を展開。試合には敗れるもファンの評価を上げることに成功した。
藤波辰爾 のドラゴン殺法を彷彿とさせる、腰への攻めを中心に試合を運んでいく。
若手らしい闘志剥き出しのファイトに加え、レスリング仕込みのスープレックス、スワンダイブなどの華麗な技、ローリング・クレイドル のようなクラシカルな技など幅広くこなす。 フィニッシュにドラゴン・スープレックスを使っていることで分かる通りドラゴン殺法を好む。藤波辰爾 について「(プロレス界に)入ってから好きになりました」と語り、根性よりも技術で闘う姿に惹かれたとのこと。また西村修 のようにあまり大技を出さないレスリングが好きだとも語っている。またその西村修からは「無我の継承者」として期待されている。