持ち帰ったわらび餅は、たいへん美味しくて、夕食になりました。関西の人はわらび餅をよく食べるそうですが、東京ではあまり見かけません。こんなに食べやすくて、わらび粉(本当でしょうね)なんてハイカラなものなら、いつでも食べたいですね。
その日も足湯をしました。
このホテルには大浴場と岩盤浴もありますが、私は無関係。自宅でも入浴は難関なのに、そんなところでよろつきたいですか??
足湯後はいつも通り服薬して休みました。
うとうとした夜中、あまりの喉の痛みで一度起きて、アセトアミノフェンと胃薬を足して、何だろうと思いつつ眠る…
朝、起きてからも喉痛は止まず、疲労でぼうっとしていました。
自分が風邪をひいていることはわかった。コロナだろうか…?
朝食はまたしても同じメニュー!
初日以外は見るのも飽きますネ
お豆腐、油揚げ、あおさ海苔とネギのおみおつけと、ご飯を少し取る。
ご飯をおみおつけに浸して食べる。これがとても美味しい。
昨日、今日とたいして食べられなくなっている。
荷物をまとめるのもひと苦労。チェックアウトしなければ。なんとしても帰るぞ。
風邪をひいたけれど、なんと肝腎の抗生物質を持って来なかった。もう何年も飲んでいないから。…
それにコロナの喉痛じゃないかと疑っていた。怠さ、ぼうっとする、身体に力が入らない、頭が痛い。
これがコロナか…
自分を観察しながら、真直ぐ駅へ。死にかけているから買い物はなし。
私らしくもないが、命優先。
新幹線に乗り込むと、窓側の席のお嬢さんは、早速サンドイッチのお弁当を食べ始めた。
私はやっと座っている。
あくびをするたびにしきりに涙が流れる。
マスクのおかげでそっと拭ったりしながら
お隣で食べているのに、鼻をすするわけにもいかないし。
とにかくあくびが出て、涙を拭く。
考えつく限りのホメオパシーレメディを順に摂ると、いくらか良くなる。
ああ私やっぱり死ぬと思ったんだ、こんなところに来て…
昔から、祖父も「江戸っ子は小田原から先へは行かないんですよ」と言っていた。
祖父は晩年は特に国内旅行をよくしていたけれど、小田原(箱根)に関所があったようで、昔は関を越える用事などないのだ。
でも、今回は私には用事があった。
隣のお嬢さんは、名古屋でさっと降りた。
行きの教訓から、私も買っておいた京都のパンを少し齧る。
帰宅後はしばらくコロナで、どうなってしまうのかが、全くわからなくなった。
午後 2時には東京駅に着いた。
今後のことを考えて、その日は入浴することにした。
レメディのせいか、普通に夕食を摂り、早目に眠った。
声が枯れており、喋れない。
翌朝。相変わらず、喉痛のために殊更強く痛み止めを飲む。
まだ気が張っている。
少し咳をした。
んん
喉が化膿している!!
なぜウイルスで化膿するのだ ❕❔
これは
私が得意の
細菌感染の扁桃炎だ 🎉🫂💞🤷
ということで、ケフラールを取り出してきて、服用開始。コロナの観察に入っていた為、手当てが遅れてしまった。
それからは悪化への一直線と抗生物質との戦い… それでもケフラール後はどれほどまし、まともで優勢な戦いだったことか。
喉はすっかりダメになっていて、白く化膿した痰のために声は出ないまま何日かが過ぎた。
喉の痛みときたら、ひどい胸痛時と同程度か多目の鎮痛薬を用いた。
胸が苦しくて、今年になって手に入った
小柴胡湯と、加桔梗石膏とを使った。
食べものは専らこれ