- どれくらいの愛情/白石 一文
- ¥1,800
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3つの中篇+1つの書き下ろし長篇から成る本書。
この著者の本は、本屋さんで「話題書」のような棚に置かれていることが多く
何度も見かけたことはあったんだけれど、
文庫でも厚いと持ち歩くのがしんどいので、
今まで一度も読んだことがなかった。
この度、旅行だし厚くても一緒だわ
と思って購入、
そのまま石垣に持ち込んでじっくり読んでみた
まず、出てくる登場人物みんな、愛が深いなぁ~と思わずため息が出る。
道徳的、常識的に「善い」と言われていることではなく、
「人間にとって大切な愛情のカタチ」がストレートに描かれていて、
どんな読者にもきちんと届くような表現をされているなぁ
という印象。
一作一作、設定は全然違うけれど、
物語の根底に流れている大きな愛情はすべて同じというか。
4つの物語の中でいちばん好きだったのは、3作目の「ダーウィンの法則」。
不倫をしている女性が、過去の自身の経験を踏まえて、
今後の自分の人生や愛情の在り方について、自分なりに結論を出す。
最後に彼女が出した結論も好きだし、
そこにたどり着くまでの細かいプロセスも好みだった
この中でも特に印象深かったのが、以下二箇所。
「愛し合っている男女はセックスなんてしなくたって、いつでもセックスのとき以上の仲良しでいられるような、そういう関係に一日も早くなるべきだと思う。毎晩一緒にくっついて寝たり、ソファで隣同士座って身体を寄せ合っているだけで、もうそれだけで互いにどうしようもないくらい安心できるような、そんな関係を絶対に築くべきだし、築けるんだと思う。性欲なんてなかったのに、母親に抱かれているだけで最高の幸福感を覚えていた子供時代のような、そんな純粋な安心感を大人の俺たちだって取り戻すことが絶対にできるはずなんだ(p.189)」
世間でたまに見かけるほんとうに仲睦まじい夫婦というのは、その仲の良さには他にさまざまな理由があるにしろ、根っこの根っこのところで、飛びぬけた肌合いの親密さを共有しているに違いないと確信するようになった。(p.220)
ちょっと長くなったけれど、ここの部分にすごく共感
確かにそうだなーって考えれば考えるほど思うのよね。
「キスをしたら体の相性も分かる」っていうのはよく言われていることで、
実際に感じたことがあるひとも多いと思うけれど、
これにも通じるものがある気がする。
とても尊敬できるところがあって、性格がとても良かったり
安定的な生活を送れる基盤もきちんと持っていて、
頭もよくハンサムで・・・っていう素敵なところ満載
の彼が現れたとしても、
触れられて嫌悪感を抱いたり、体の相性が合わない人って
結局は長続きしないと思うのよね。
表面的にはうまくいっていても、
体と体が触れ合うことで安心を得られないのであれば、
それは「本当に安心できる関係」ではないんじゃないか、と。
「セックスレスになるような人とは一緒にいれない」というのが
今のわたしの持論、というか、恋愛の相手に求める最低条件なんだけれど
(もちろん、尊敬できる要素があるとか、そういう人間として魅力を
感じられるか、という部分は抜きにしてね
)
これにも通じる話だと思うんだよねー
男女が一緒にいるってことに関しては、
どんなカタチであれ「体の相性」、いわゆる「肌合い」というのが、
ものすごく大きな要素を占めるような気がする。
直木賞候補となった、表題の「どれくらいの愛情」は、
もともと与えられている運命を、愛情の力でどれほど変えることができるのか、
そういうことが描かれている。
物語の重要人物、教祖さまの仰る内容が少しくどかったけれど、
それを上回る物語の素敵さ、作者の筆力があったので
最後まで満足して読めました
順番前後しますが、
本書一作目の「20年後の私へ」という話もホロッときてよかったです
あっ!
ひとつ、ちょっと衝撃を受けたこと!
著者があとがきの中で書かれている、
「この世界は私たちが想像する以上におそらく完成され尽くしている(p.489)」
という一文。
みんな、足りない足りない、もっともっと、といろんなものを作り続けるけれど、
そうではなく、今世界中にあるすべてのものや起きる現象も全部、
完成され尽してるんだ、と思っている人がこの世の中にいる。
この考え自体が斬新だった。
「既に現時点で完成されている」と思えば、不便を不便と感じたり、
新しいものやより便利なものを求めるという気持ちも減っていくんじゃないかしら。
こう考えながら今日一日仕事をしてみると、
何となく気分が軽くなりました