大きく開き、腐りかけた外側の葉に包まれたキャベツが、畑の畝に何個か残っていた。
隣の畝には黄色くなった大根の葉が威勢良く伸びきっている。
食べきれずに朽ちていく作物の一部と、これから選り分けて収穫されていくであろうもの達が、
風もなく無表情に降る雨に濡れていた。
さほど大きくない畑の横には、錆びたトタンで造られた小屋が修繕されることもなく少し傾いて建っている。
その奥には、物干し台と少しの樹木が植えられた庭を小屋との間に挟んで二階建の家が建っている。
外壁は少し燻んで少しヒビ割れが走り、所々雨跡が残っているが、窓枠は新しく、玄関の扉も新しく取り替えられていた。
時々、小さい頃に何の遠慮もなく通った私道に入り込みそうになり引き返すことになるが、
小さい頃気づかなかった畑や新しく建った家を通りすぎてゆっくりと歩く。
しばらく歩くと、線路沿いの道に出る。錆びたガードレールに沿って、
施工不良ではないかと思われるほどに、道路工事が繰り返されでこぼこしたアスファルトの道を黙々と歩く。
子供の頃の通学路の一つであった線路沿いの道は今も変わらず道であり、縦横無尽に絡み合う車道も小道も、
数十年前と変わらず道のままであった。
都会の喧騒とのどかな田舎の境であるこの町は、それなりに人口があり、それなりに財政が苦しく、それなりに子供と若者が残っている。
土地は緩やかに閉ざされていながら、本当は何も縛られているわけではない。
寂れているとまではいかず、外からの助けがなかれば立ち行かないわけでもない。
昔のままの道は、長い年月のうちに劣化し、今ではそこら中に
アスファルトの小さな陥没があり、横断歩道の白線は消えかけていた。
ここのところ頻繁に帰省していたせいか、郷愁にとらわれることもなく、ただ遠いところからぼんやりと町の様子を眺めていた。
ずっと中途半端な何もない町と思っていた。おそらく今もそう思っている。
幼馴染が住んでいた近くの工業団地も、そこら中に点在し放題の公共施設も、
朽ち果てたボロ家も若い家族が住んでいる新しい家も何もかも。
何もないのではないのかもしれない。ただ坦坦と人々の営みが繰り返されて、
世代が交代し、古いもの、朽ちていくものを残しながら、
僅かながらの新しいものを少しずつ取り込みながら、それでも
全てが緩やかにじわじわと老いていく様に収束していく気がした。
実家の隣は父方の祖母の家で、そこには私が小さい頃に住んで居た時の家族の荷物がまだ残っていた。
母の実家からの品もあったが、数年前に祖母がそれらを、今は車庫になっている工場に出してしまったという。
返す言葉に困り、私はふらふらと散歩に出かけた。こういう時にどう行動したらよいか分からない父と私は良く似ている。
小さい頃からの癖で、つい足元を見ながら歩いてしまうが、足元に落ちてくる花びらにふと顔をあげると、
今月に入り何度目かの春の嵐と温かな日を迎え、通り沿いの梅の花はすっかり散りかけていた。
昨晩、夜の雨に濡れて一層散っていく庭の梅の木を見ながら、母が言った。
庭の杉の木を切ったら、椿が良く見えるでしょ。
子供の頃には頭を上げて歩けないくらい生い茂っていた木々がほとんど切られ、
花壇や低い木々が残るだけになって、庭の地べたに光が差す様になった。
母はそこに今度百日紅の木を植えるという。
母の実家にあった小さな百日紅の木を思い出した。
幼い頃、母方の祖母の家に預けられていた私は、5歳上の従兄弟の後を追って
何度も落ちかけながら、玄関横で濃いピンクの花をつけた百日紅の細い枝に掴まっていた。