yukoのブログ

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母の母が死んだ。
浮腫んで膨らみ、薬で浮腫みがとれて萎んだりと、
見るたびに大きくなり小さくなりを繰り返していた祖母は、
結局六寸の骨壺で余る程の骨だけになって戻って来た。

誰ともなく、お疲れ様と言い合って、母の実家を出た頃には、
もう辺りは暗く月がくっきりと見えていた。
明日、母と父だけを残して東京に戻ることに、後ろめたさを感じていた。
その他の捉えどころのないかさかさとした思いは、寂しさとも悲しさとも、安堵ともつかぬ、これから先も言い表すことのできないものだったのだと思う。

翌朝、浅草に向かう急行りょうもう号は、
相老を六時四分に出発した。
出発前にてきぱきと用意された簡単なお弁当は、
小ぶりな割にはずっしり詰まったおにぎり3つに、
祖母の畑を引き継いだ叔父が今年実らせた
ずいぶん大きなミニトマト3個、
昨日、朝の魚にと買った塩鯖の半身を焼いたものが詰められていた。
出来立てを時間まで何とか冷やしたため、
まだほのかにあたたかく、脂ののった鯖の身も
柔らかくほどけていく。

こうしてどんな状況の時でも、在り合わせのものだけの中で、
きちんとした食事を用意できる母のすごさを改めて感じるとともに、
34歳にもなって身をかためることもできずに、
正社員として定職につくこともなく、
還暦を過ぎた親に甘えて生きていることに
申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

おそらくこんな風に私が甘えていられる時間もあと少しだろう。
いずれ弟が結婚し、子供が生まれたら、
甘えてよいのは孫たちだからと、ふと寂しさを覚える。
依存しているのは私のほうなのだろう。

私が孫の顔を見せてあげることはできないだろうから、
私が親にしてあげられることはその分、
程よく心配をかけて程よく甘えていることだろうか。

いや、自慢したくなるような生き方をして
親に楽をさせる、
当たり前の親孝行ができていたら、と思う。

無宗教で、お経もいらないといって簡単なお別れを済ませただけであったが、
結局祖母の遺骨は49日を待って田舎の墓地に埋葬した。
寺にも自治体にも管理されていない畑と山の境に作られた墓には、
親戚の叔父が墓石をどけて、骨壺から遺骨をまけただけだった。

自宅に戻ると、私と母は台所でお茶を飲みながら、
親戚や兄弟の近況などの話と祖母の話を
いったり来たりしながら話し続けた。
「おばあちゃんがいないことを忘れるんだよ、一緒に住んでいなかったからかも知れないけど。」
そういって母は、笑ったような寂しいような顔をした。

母がその母に寄せた思いは、いつか私の中にも現れて居座るのだろうか。