秋の3連休。私たちの仕事はみなさんが楽しむ時こそ忙しいものです。
忙しいスケジュールの合間、食事をしようと、遠方の仕事先で通りすがりの小さな食事処に入りました。
オーナーらしき50代に見える女性が「いらっしゃいませ。」と言ってこちらに笑顔を向けたときから、
どこかで見たことのある人だ。と思っていました。
ピラフを頼み、次の仕事の資料に目を通しているうちに、
「あっ!!!」と、その女性が誰か、記憶がよみがえって来ました。
私は21年前、1年近く入院をしていたことがありました。
4人部屋だったので、私が1年入院している間、沢山の方が隣のベッドの入院しては
退院して行かれました。
その中でも、気が合って、自分が退院してからもお見舞いに来てくれていた女性。
料理が上手で、お見舞いに来てくれるときには、手作りの食事を持ってきてくれていて
私が「美味しい!」と食べていたのが、ピラフ。
年は少し上だったけど、私が退院してからもずっと、長いおつきあいができると信じていました。
私が退院して、少しした頃、
彼女が電話をしてきて、我が家に遊びに来たいと言いました。
私は、元気になった姿も見てもらえると大喜びで、大歓迎!と答えました。
ところが、彼女は我が家に来るなり、深刻な顔をして
「家族がトラブルに巻き込まれ、主人に内緒でお金がいる。貸して欲しい。」と言い出しました。
私は、長い入院でお金もないし、ましてや20代の主婦に自由になるお金があるわけもない。
断ったけれど、必ず返す。すぐに返すあてもある。1万でも2万でも助かるから。と泣かれて、
どうすることもできず、その時、お財布に入っていた少しのお金を渡した記憶があります。
明るくて、正直で、親切な彼女が、私にそんなことを頼むのが
どれだけ辛いか。なんとかしたいけど出来ない自分が情けなかった。
ところが、その後電話も無いし、返しに来る気配も無い。
電話をかけたけれど、繋がらない。
でも、どうしても悪い人だと思えない私は、大変なことにご家族全体がなっているのではないか。
と、心配で心配で。もっと、なんとかしてあげたらよかったのかも。と悔いていました。
入院中に聴いていた、彼女の自宅のあたりに、こっそり様子を見に行きました。
驚いたことに、表札の名前も違うし、明らかに聴いていたことと全然違うことばかりでした。
それ以降、そのあたりを車で通ると、なんだか、胸が苦しくなる気がして
彼女が自宅だと言ったあたりを見ることができないでいました。
騙されたんだ。
信じたのに。
私が辛いとき、一番親切にしてくれた人なのに。
そう思うと胸が苦しくなる気がするのです。
まさに、その女性が、21年ぶりに、遠方の食事処で私に「いらっしゃいませ」と言ったのだ。
と、気がつきました。
注文した品を届けてくれたのは、アルバイトの方でした。
ピラフを食べながら、
「ちょっと!!私のこと、覚えていますか!!騙しましたね!」
と言おうか。
「私の顔見て、何か言うことがあるのでは無いですか!」
と言おうか。
次々浮かぶ、彼女をギョッ!とさせるための言葉。
でもピラフを食べていると、
入院していたとき、私が毎晩毎晩、隣に聞こえないように泣いていたら
カーテンをそっと開けて、
「気にせんと、泣いてええんよ。」
と声をかけてくれたこと。
私が
「退院したら、あそこのレストランのドリアが食べたい。」
と、食べ物の話ばかりをしていたら
先に退院した彼女は、わざわざ、そのお店に行き、シェフにお願いして作ってもらって、病室へ届けてくれたこと。
すでに思い出すことも無くなっていたことが
浮かんできて、
あのとき、嬉しかったなぁ。
あの一言。助けられたなぁ。
という想いが体全体に広がってきました。
だって、あのころ作ってくれたピラフと、
今日、頼んだピラフの味が、同じなんだもん。
食べ終わったときには、とてもすっきりしていて
アルバイトの方にお金を払って、
「ごちそうさま」
とだけ言い、彼女の顔を見ることもせず、店を出ました。
どうして、こんな遠くにいるんだろう。
どうして、あんな嘘をついたんだろう。
どこから、どこまでほんとで、どこからが嘘だったんだろう。
知りたい想いも少しはありましたが、
長い間胸につかえていた想いが静かに消えていきました。
「私は入院していたころ、彼女に救われた。」
一番大切なことを忘れていたんだなぁ。
ちょっとだけ高菜の入ったピラフが、
私に「恩」を思い出させてくれました。

