今年度も、保育所新任職員研修での

マナー講座を担当させていただきました。


1回目は80名近く、2回目は100名近くの方が受講されました。

保育所への需要の高さを反映しているのか、

年々参加者が増えており、男性保育士さんも増えています。


私も子育てをしながら働いています。

子育てをしながら、働く女性にとって、

安心して子どもを預けることができるというのは

とても大切なこと。

預かってくださる方との信頼関係があるからこそ、

安心して子どもをお願いし、仕事に向かうことができます。


子どもが小さいうちはすぐ熱が出たり、

おなかが痛くなったりと体調も崩しやすので

予定をキャンセルしなければならないこともあり、

そのたびに「また、みんなに迷惑をかけてしまう。」と思っていました。

また、反抗期のイヤイヤをわがままな性格なのでは、と悩んだり

他の子と比べて、あれができないこれができない、と焦ったり、

ということもありました。

そんな時に、子どもの発達や心理に対して正しい知識を持ち、

さまざまな子どもの保育経験を積んだ先生から、

「お母さんも大変でしたね。元気になってよかったですね。」

「大丈夫ですよ。成長に伴うものですよ。」

「安心してください。○○ちゃんはこんなことができるんですよ。」

と声をかけてもらえると、心が軽くなり子どもをギューっと抱きしめることができました。


ですので、毎年、この研修では、

安心感を与える表情、

誠実さを伝える態度、

相手の立場を尊重した話し方、

といった、通常のビジネスマナーだけではなく、

子育て中の母親としての経験談も話しています。

保育士の皆さんが、子育て中の母親が気軽に相談でき、

彼女たちを支え、励ますことができたらこんなにも心強いことはありません。

ぜひぜひ、そうなって欲しいという私の熱~~~い思いを込めて

話しています。



先日、買って半年のスマートフォンに不具合が出て、取り替えてもらいました。
携帯電話と違い、スマートフォンは、古いものから新しいものへ自動的に移行することが
ほとんど出来ないため、
機械の不具合で取り替えたのに、その後の手配は、それはそれは手間でした。

でも、以前からその携帯ショップにお気に入りの店員の方(もちろん若い男性!)がいるので
彼にいろいろと手続きをしてもらい、新しいスマホを使い始めました。

が!!!

使い始めて1週間。

またまた、ちゃんと作動しない。
もしかして、設定や私の復元作業がまちがっていたのかも・・・と
同じショップに行きました。

「○○さん、お願いします。」

と、お気に入りの店員さんを「ご指名」しましたが、その日はお休み。

しょうがなく、別の方(今度は女性)に説明をしたら、
「では、私が出来る範囲で設定してみましょう。」
と、いろいろと操作してくださり、
その日は帰りました。

すると、また、不具合です。

ため息をつきながら、仕事でも使うので、なんとか普通に使いたいとおもい
ショップへ。

ほんに二日前に説明をしてくれた女性のブースで呼ばれて
彼女の前に座りました。
ほんの二日前なんだけど、
「どうなさいましたか?」から始まり
機械の不具合で替えたばかりのスマホが調子が悪いと伝えると、
まったく覚えていない様子。

まぁ、一日相当数のお客様を相手にしているのだから
しょうがない。
しょうがないけど、お客の立場の私は、やっぱり
「え?こないだ、あなたがいろいろと操作して、これで大丈夫だから使ってみてください。って
言ったじゃないの!」と
思わず言いたくなりました。

と!!そこへ!!
スーパーマンのように、私のお気に入りの店員さんが
私の座っているブースに来て下さって、
女性スタッフに、小さい声で、
「僕のブースで接客してもらえますか?
一週間に3度目のご来店なので、僕が対応しますから。」と
指示をして、私の不具合の対応をしてくださいました。

休んでいたときに、私が、不具合のことで相談に来たことを
ちゃんと覚えていてくれて、
「3回目」だとわかってくれて、
わざわざ、ブースを代わってまで、結構たいへんな作業をして下さいました。

完全に機械の不具合で私は振り回されているのだから
クレーム処理。なんです。
でも、落ち着いて、彼の説明を聞き、謝罪を聞き、対応法を聞き、
私は、イライラすることもなく、
「いい加減にしてください。」と騒ぐわけでもなく、この事例に対応することができました。

「本当に申し訳ございませんでした。」

と丁寧に言われ、

「いえいえ。あなたも大変なのに、ありがとうございました。」
と笑顔で言って、ショップを後にしました。

なんで、こんなに面倒で大変だったのに、
私が冷静に対応できたのかと思い出してみました。

やはり、
「1週間に3回目の不具合による来店」である私がショップに来たことに気づいてくれたこと
それが一番だったと思います。

一日相当数のお客様が来る仕事なのはわかっているけれど
でも、お客様にとっては、対応してくれた店員さんは1人。なんです。
覚えている。
だから、店側にも覚えておいて欲しい。

たったひとりのお客様。

それを実感した出来事でした。

さぁ・・また、取り替え機種が明日あたり、郵送されてきます。

説明書とにらめっこで、ため息付きながら作業をしなければいけないけれど
またショップに行く用事ができたのも確か!

がんばって作業しよう~~~っと。



101歳になる祖母は、101の誕生日が過ぎた頃から
体力が無くなっていくのがわかるようになりました。

先週からあまりに体調もすぐれないようなので
仕事の合間に車で2時間かけて逢いに行きました。

いつもそばで世話をしている母が
私の顔を見るなり涙目になりました。
100歳を超えても、記憶もはっきりしているし、言うこともしっかりしているのが
何より自慢の祖母が、
なかなか自分で動こうとしないのがよほどショックのようです。

「ふみちゃん。ばあちゃん、ほんとに元気無いんよ。。。どうしたらええかねぇ。」

と、情けない声を出すので

「ばあちゃんは、ばあちゃんなりにがんばりよるんよ。
お母さんは、ばあちゃんのどこが元気が無いと思うん?」

と聞くと

「だって・・・だって・・・あのばあちゃんが、ファンデーションを二日もせんのんよ。
おかしかろうがね。」

と真剣に答えるので、大爆笑。

100歳を超えても、食堂でたくさんの方がいる場所に行くとなれば
祖母は「礼儀」と言い張り、お化粧のファンデーションを必ず着けているのですが、
この二日、それをせず、食堂に行くのが母は悲しくてならないようなのです。

「それは一大事やったねぇ。」と母に声をかけ

すぐに祖母の側を向いて

「ばあちゃん。ばあちゃんがファウンデーションをつけるのを忘れたから
お母さん、心配で泣きよらぁね。
明日は、食堂に行く前に綺麗にして行こうね。」

と言うと、祖母は、うん。とうなずいて

「クレンジング、出しちょいてよ。」

と言うので、また回りの人まで一緒に爆笑しました。

私は、こういう人の孫で、こういう人の娘なのだと思い知らされました。

人の前に出ると言うことは、どういうことなのか。
祖母は101歳にしてまだ、私に教え続けてくれます。

ほんのちょっとの変化に気づき、その変化をいかにサポートするか。
母は、根っからの「人好き」人間のあり方を、私に教え続けてくれます。

帰り際、眠くなった祖母は、うつらうつらしはじめました。

「ばあちゃん。帰るよ。また、来るよ。」

と声をかけると、目を開けたような、開けないような・・・

そのうつらうつらの状態で
私に何かを言おうとしました。

耳を近づけると、何度も口を動かして、動かして、やっとのこと「言葉」を紡いでくれました。

「か・ん・しゃ。」

そして、ゆっくり顔のそばに両手を持って来はじめました。

何をしようとしているのだろう・・と見守っていると

しっかりその両手を合わせて合掌するのです。

我慢していた涙がこぼれてしまいました。
その両手に私の両手を重ねて、

「またね。またね。」
としか言えませんでした。

明日は、ちゃんとファウンデーション着けて食堂に行ってくれたらいいな。


その後の仕事先で、研修のお礼にと、とても綺麗なバラをプレゼントしていただきました。

ばあちゃんのメイクをした笑顔が浮かぶようで、
また涙がこぼれてしまいました。

「感謝」
あふれる一日でした。







$有限会社ケイ・アンド・ワイ~山口県・マナー接客・新入社員・就職面接・企業研修・コーチング・講師派遣・企画運営
6月1日 休日の土曜日、しかもザーザー振りの雨の中、
10数人の方が、下関市や遠方から、山口市の会場に集ってこられた。


有限会社ケイ・アンド・ワイ~山口県・マナー接客・新入社員・就職面接・企業研修・コーチング・講師派遣・企画運営

皆さん、積極的に研修を受けられる。
その姿勢に心を動かされ、ぜひ、役に立つ研修をしたい!
情熱が湧き上がった。


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後日、参加された方から、お礼をいただいた。

「自分自身を知るということで、人と接する時にイラっとしていたことも、
『あ~自分がこうだからかな~』
って思うようになりました!」

「とても充実した研修会だった」  など。

よい受講生に恵まれてこそ、講師の力も引き出されるのである。

感謝。



ここ1週間、「言葉の力」について考えることが多くありました。

「言葉」は書く・話すわけだけれど
その言葉のひとつひとつに意味があります。
問題は、その意味の取り方が、その人によって、その時によって変わること。

体調を崩している主人の父のきがかりは
収穫時期の自分で育てたタマネギのこと。

今までも会うたび私は「私が収穫しておきましょうか?」と聞いていて
そのたびに「いや。自分でやるから良い。自分でやるのが生き甲斐だから。」と
強く言われていました。

その通りに私は受け取っていました。
でも、先日
「あなたは、冷たい。どうして、私がやりましょうか。としか言えないのか!
一緒にやりましょうか。と言って欲しい気持ちがどうしてわからないのか!」と
言われて、はっとしました。

「あなたがやればいいでしょ。」と言っていない。

「私がやりましょう。」と言った。

これでOKと思っていた私には
「私たち」が欠けていて、
寂しい思いをさせてしまったようです。


次男は高校3年生。
今日、高校生活最後の部活動の大会がはじまりました。
第一関門の初戦を勝利で飾ったのを知り

「良かったね。明日も試合ができるね。頑張ったねぇ」
と言うと、不機嫌そうに
「情けない試合だった。俺は頑張ってない。頑張ったなんて言わんで!」
と言います。

ついつい
「自分が頑張ったことをちゃんと認めてみるのも大切だよ。」
とコーチング的な発想で伝えました。

でも彼は
「俺らは、今日前半で大量得点をして、後半、レギュラーから外れがちな3年を
試合に出そうとこの初戦に懸けていた。
それなのに、前半にミスを連発して接戦となり、
結局3年全員をコートに出すことができなかった。
あいつらは、いつも文句も言わずに練習してくれたのに。
俺らはもっと頑張れた。」
と悔しそうに言います。

「頑張った」という言葉には
本人の目標点があって
本人がその目標にむかっていくための「頑張る」理想があり
単純に捉えられないことがあるのだと知りました。

言葉の裏側にある「気持ち」をいかにくみ取るか。
言葉を発するまでのプロセスにはどんな行動が含まれるのか。
言葉を受け取る側の「気持ち」をいかに察することができるか。

人を傷つけるのも言葉。
人を立ち直らせるのも言葉。

ひとこと、ひとことを大切にしていきたいと

強く思った一日でした。