「無題」 その3
講義室を出て、僕は駆け足で講堂へと向かう。
なぜだか僕は、時計台の屋上へ登らなきゃいけかった。<なんだ、この感覚・・・。>
その瞬間、脳と肉体は確かに一連なりでは無かった。
流れるような動作で右手で屋上のドアノブを回す。彼女は、野中灯里はそこにはいなかった・・・。
腕時計を確認すると午後4時を2分ほど過ぎていた。
・・・悪戯だったのか?
しかし彼女は明らかに僕の体のことを知っている。
夕暮れの空に彼女の顔を浮かべていていると背後に人の気配を感じた。
「遅くなってごめんなさい。ちょっと奴らを片付けるのに手間取ってしまって」
彼女はさっきと変わらない姿でいた。「奴ら…?」
「一から説明する必要があるわね。まずあなたの体の異変は2ヶ月前にあの子を助けた時から起こった……と か考えているのでしょう?
けれど、それは因果の誤りよ。地震の後花瓶が倒れていたからといって、地震が原因とは限らないわ。」
「あなたは本当に、"右手”を伸ばしたの?その手で何を掴んだのかしら。」
僕は左手を強く握りしめて彼女を見る。
「精神のホメオスタシスは、時に肉体をもだまし得るのよ。ことによっては、私の敵とあなたのソレは同じなのだから・・・。」
彼女の難解な言い回しに、僕は辟易した。
大きく溜息をついて一旦彼女から視点をそらす。
精神のホメオスタシス?彼女の敵?
何度彼女に疑問をぶつけようと口を開きかけたことだろう。
しかし、’知ること’に恐怖を感じている自分がソレを抑えている。
僕には黙って話の続きを聞くこと以外に選択肢は残されていなかった。
「あなたが"右手”を伸ばした先には、本当にあの子がいた?
確かにあなたが気がついたときに、そばに倒れていたのはあの子かもしれない。
けれどもあなたが手を伸ばして助けようとした人影は、本当にそこに存在していたのかしら。私の敵はそれらの境界に存在しているの。」
「あの現場にもう一度行ってみなさい。そして、あの子に会うといいわ・・・。」
灯里は金木犀の芳香を置き去りにして立ち去った。
僕は、あの子が今何処にいるのかを知らない。
だから、事件の第一発見者で、僕が最も信頼している人の元へと向かう。
それは、妹の”香澄”だ。
続く・・・