†漆黒の腐敗臭~ブラックアロマブラック~in the dark† -8ページ目

†漆黒の腐敗臭~ブラックアロマブラック~in the dark†

神様って思わず僕は、叫んでいた・・・

「無題」 その5



「単刀直入に聞くよ。2ヶ月前のあの日、僕は僕だったの?」

いつからか疑問に思っていたことがある。体の様々な変異、そして、僕の中にいる僕。自己同一性の崩壊。いろんなキーワードが浮かんでは消える。

「ねぇ、兄さん……。心は、いえ、魂の在処は脳にあるとは限らないのよ?」


「確かに脳が運動や知覚など神経を介した情報伝達の最上位中枢であることは認めるわ。
でもね、そんな常識はフェイト<不可避な運命>の前では全く意味を持たなくなるの。
フェイトは時に魂を縛る鎖となり、時に魂を解放させる翼になる。そこに脳の意思が入り込む隙間はないわ。

 
「―――なんて灯里なら表現するかもしれないわね。ただし事実はもっと単純よ。

ヒトの感覚は感覚器官が受け取りこそすれ、実際に感覚として認識するのはすべて脳内の処理の結果。
脳が処理を誤れば、ヒトは感覚を誤認する。しかしヒトは誤りを誤りと認識できないのよ。」

 

「そして兄さんの脳は、2ヶ月前のあの日、既に通常の人間のソレとは違っていた。

”灯里”と兄さんは、1つの存在としてこの世に生を受けた。一度は別れだけど、2ヶ月前、夏の妖精が引き合わせてしまった……。
私はそれをくい止めることができなかった。それが真実なのよ。」

 

香澄は自分の躰を強く抱きしめて告白した。
「兄さんと灯里は脊髄を共有して生まれ、そのまま2年間にわたって共存した。
だけど、それが叶わない運命だということは、誰もが解ってた。
だから、”選択”した。兄さんは灯里を識る必要はなかった。

だから、私は、手を伸ばした―。」



続く・・・
「無題」 その4

―――兄さんが私の兄さんになった日。あの日から私たちは運命の歯車の上で踊ることを課せられた仔羊になった。

でも兄さんは知らない。
知っているのは私だけ。私たちはとても仲の良い兄妹として育った。

いつか死とは違う形の別れがくることなんて忘れてしまうくらいに。

 
僕はとりあえず家に帰った。

そして、あの日の状況をもう一度聞くため、妹の部屋を訪れた。
いきなり扉を開けると「あら兄さん、どうしたの?」と香澄がベッ
ドに寝そべりながら眠そうな視線を向けてきた。

妹は、ノックもしないで~などといった風に小言を言ったことは一度も無い。

 

香澄の部屋は、小学校の時から変わっておらず、神経質なまでに片付いていた。

白いリノリウム風のタイルから飛び込む、夕日の反射光がまぶしい。しかし、今日は違和感に気づいた。

<この匂い……。金木犀の匂いがする。> 「どうしたの、兄さん。なにか私に聞きたいことでもあるの?」

 

―――2ヶ月前のあの日、私は例の現場で兄さんを保護した。
しかし私があの場所にいたこと、体の異変に困惑していた兄さんを家まで送ったことは
兄さんの記憶から消えていたはずだ。

それなのに私を訪ねてきたということは・・・―――


「灯里に会ったんだね・・・兄さん」

 香澄は何処となく悲しそうに呟いた。

<え……?なんでそれを?>

「分かるわよ。兄さんのことだもの。どうせ灯里にそそのかされて私のところへ来たんで しょ。」

<灯里のことを知ってるの?。>香澄は諦めたように僕を見つめ肯いた。

「それで、あの日のことを聞きたいのでしょう?」


続く・・・

 

テスカトリポカの独壇場が終わりを告げる刻に、私は目覚めた。
現世に顕現した際に魂を宿した油人形を、けだるくも立ち上がらせたときに
頸骨にするどい痛みを感じたのが16時間まえのできごとである。

3600秒ほど、起動時間を遅らせてしまったのには深い訳がある。
うかつにも人間と堕天死の境界面上に生きる私は、人間のサーカディアンリズムを
失念していた。
昨夜、TFT液晶から発せられる仄暗くもインテンスな電磁波による刺激が、視神経から
大脳新皮質へ深いダメージを与え、シンギュラリティ現象を引き起こしたことが原因だと
考えられる。

そんな異常な神経伝達過程が、私の休眠をさまたげたのうだろう。
90分おきにおとずれるといわれているREM睡眠が、起動3時間前から継続していたに違いない。
と、ヒュプノスが告げたのだ。

だから私は、今夜はモルペウスの洗礼を受けてから床につくことにする。