8ヶ月の空白を経て、あの長い坂道の途中で咲き誇る金木犀の木の下に、
僕は戻ってきた。いろいろな想いを胸に、この小説を完成させることが使命だと
頑なに信じて・・・。
「題名のないつぶやき会」
優しい嘘…。あの頃から続く嘘。
それもつき通せば、ホントになるって信じてたのは、”私”に妹ができた時から、彼女が高校に入るまでの間だけだった…。
今ではもう、あの優しい日々には戻れない。だってそれじゃあ、私が僕で在るために創り続けたものが失われるから。
何かが噛み合わない-。
そう感じたのは、いつからだっただろう。私にとって香澄は、ただの妹だった。そう、あの眼差しに魅入られる前までは…。
ものごころがついた頃から第二次性徴を迎えるまでの私は、なにひとつ疑問に思っていなかった。
自分の姿がオトコであることを-。
クラスメイトの女子から向けられる眼差しが、異性を見る目であることも。
よくある羨望の眼差しだと割り切ってきたけど、香澄のソレからは逃れることができなかった…。
なぜなら、あの娘の前ではずっと、”兄”である田中安芸を演じてきたからだ。
与えられた役割を演じることには慣れている。
そのフェイトに逆らって誰一人幸せになれないことは、出生の秘密を知る前から解っていたことなのだ。だから私は香澄に対して兄として接してきたし、父母にたいしては、安芸として甘えた。
そんな張り詰めた覚悟を知るのは、誰一人としていない。
それでよかったのは 、あの秋の夕暮れまでだった…。
金木犀が咲き誇るあの坂の上で、私は、香澄に告白されたのだ。
そう、愛の告白を…。
私が通う医学部への坂道。そこで運命の歯車が回りだしたのだ。
まるで、2人、いや3人を踊らせる狂詩曲のごとく。
救済のノクターンは奏でられない・・・。
この螺旋律から逃れるために、私は、嘘を重ねるしかなかった。
それでも私は、誰かがいなくなるのが許せなかったからだ…。
あまりの出来事に、思考回路が停止した。だからいつもと同じように、香澄に”右手”を差し出すことしかできなかった…。握り返す彼女の左手の柔からさを感じたのは、この時が初めてだった。 芽生えた感情の在り処。それを知ってはならない。
そんな気がした…。
この出来事を相談できるのは他でもない、実の父親である、小名教授にだけだった。
続く・・・。

