■職場の雰囲気

日本の料理界と比べると、中国の調理場では驚くほどフラットなコミュニケーションが日常的に行われています。

 

これは現在の職場に限らず、以前から研修などで度々現地の調理場を見てきた印象も同じです。

まず、同僚同士のコミュニケーションには公私を問わず、必要以上の過度な気遣いはありません。年齢や立場に関係なく「個」の存在がはっきりしています。

 

学生の頃から年齢が一つ二つ下というだけで、なにかとしごかれることの多い日本の先輩後輩関係と違い、5歳上だろうが10歳上だろうが言いたい意見は直接言うし、時には討論によって先輩を黙らせてしまうことすらも目にします。先輩からの「イビリ」みたいなものは存在していない、というか存在する余地もなさそうです。

 

調理場に限らず、職場であるホテルの各部門を見ていても、上司と部下の関係は日本よりもずっとフランクな印象です。


料理人の世界では技術の継承は先輩から後輩に、時に厳しく行われることもありますが、一歩職場を離れればまるで友達同士のような様子に、日本の料理界との大きな違いを感じます。

 

「ありがとう」や「ごめんなさい」の言葉も、日本と比べて耳にする回数がとても少なく感じます。地方差なんかもあるのかもしれませんが、特に仲間内ではどちらの言葉もあまり口にしません。

 

「仲間なんだから小さなことでいちいちお礼とか謝罪とかいらないよ!」といった感覚だと思いますが、日本語の感覚でこの二つの言葉を口にすると、逆に“よそよそしい”とか“言葉に重みがない”といった印象を持たれてしまうと思います。

 

仕事へ対する態度も日本とは大きく違います。

日本では自分の手が空いた時、他に忙しそうにしている人がいればその人を手伝ったり、「なにもやることが無ければ探してでも仕事をしろ」と教わってきましたが、こちらはそうではありません。

 

全ての人という訳ではありませんが、仕事に対しては受け身の人が多く、決められた範疇以外のことには手を出そうとしない人の方が多数です。

 

そのかわり、自身が担当する仕事には他人からケチをつけられないよう、時間内に完璧に遂行しようとします。

 

定時までには自分が担当するすべての業務が終わっていて、1分たりとも残業はしないということが美徳にでもなっているかのようです。

 

また、これは日本にいた時も同じですが、料理人には大きく二種類の人がいます。


一つは料理が大好きな人。もう一方は料理にそこまで興味がない人。

 

料理人をしているくらいなので「料理が嫌い」という人はいないと思いますが、料理人になるには学歴も資格もいらないため、料理に強い興味が有ろうが無かろうが、15歳以上の健康な人であれば明日からでも調理場で働くことが出来るのです。

 

雇用の間口が広い分、多くの人が働いていて、離職率が高い職業の一つでもあります。

 

そんな中で日本にも中国にも、向上心が強く、あらゆる手段を使って自身の技術や知識の向上にひた向きに頑張っている若い料理人たちがいます。


そんな彼らの姿を見ると、こちらが嬉しくなりますし、年長者である私たちが刺激や元気をもらうことだってあります。

 

現地の若いスタッフが日本の料理や食材、調味料など、知らないことについてしつこいくらいに容赦なく質問攻めにしてくる様子は、日本人の若くて向上心のある料理人とはまた違う、無邪気で直接的なエネルギーを感じます。

 

若い人でも一人一人が自らの意見や考えをしっかり持っていて、自信満々にそれを主張する姿を見ると、どちらが良いかは別として、日本の社会との明らかな違いに気付きます。

 

 

■スマホ & キャッシュレス社会
赴任前の日本では、中国のキャッシュレス化が爆速で進んでいるといった報道をたびたび目にましたが、実情はというと…

 

天台という田舎町でも99%キャッシュレスです。

 

2016年に四川省成都のはずれにある古めかしい食堂で食事をした際に、レジ横の壁に会計用のQRコードが貼ってありました。

 

その時、「こんな田舎でもキャッシュレス化が進んでいるんだなぁ」と思ったのが印象に残っていますが、その後まもなくして上海などの都心部では、スマホにその会計までが一連になっているタクシー専用のアプリ「()()」が入っていなければ、目の前を走っているタクシーを止めることすらもできなくなりました。


そして現在の天台では、農夫が道端で売る採れたての西瓜1つを買うのもスマホ決済です。


現金が使えないわけではありませんが、個人で商売している人たちはお釣りを持ち合わせていないそうです。 


この1年間、とうとう財布を持ち歩いている人を見ることはありませんでした。私を含む日本からの駐在組も、赴任以来ただの一度も現金を手にしていません。

 

一昔前は「(hóng)(bāo) 」と呼ばれる真っ赤な封筒🧧に入れて配られていたお年玉やお小遣いも、スマホを使ったSNS上の「红包」機能による送金が幅を利かせはじめています。


さらにコロナ渦の中国ではどこに行くにもスマホアプリ内の「(jiàn)(kāng)()」と「(xíng)(chéng)()」の提示が義務付けられていて、これが無いとスーパーで買い物もできませんし、バスや地下鉄に乗ることも、食堂でご飯を食べることもできなくなってしまいました。(2022年4月現在)

 

スマホがなければなんにも出来ない、どこにも行けないのが今の中国です。

 

中国では都心部のみならず、田舎の農村地帯なども生活のインフラが整う前から爆発的な勢いでスマホが普及し、年齢を問わず多くの人のスマホ依存が社会問題にもなっているようです。

 

 

※健康码(健康コード)…感染リスクの高いエリアに行っていないことやワクチンの接種済を証明するコード。緑色の“绿码”の状態が正常。赤色の“红码”は隔離中などの異常状態を表し、外出が出来ない。

 



※行程卡(シンチョンカァ)…過去14日間の移動先が表示される。もしも14日以内に訪れた先が感染リスクがあるとされた場合、表示される地区名に*マークがついてしまい、公共交通が使えないなど、様々な行動制限の対象となる。

 

つづく…