■近くて遠い国?
日本では隣国である中国や韓国の事を「近くて遠い国」という言葉で表現されることがあります。これまでの歴史を通し、隣国との間に何かしらの隔たりが出来ている状況は残念に思います。
今から10年くらい前でしょうか、中国での「反日デモ」の様子は日本のニュースでも繰り返し流され、それらの断片的な印象から生まれた偏見や誤解も、その隔たりを更に深くしてしまったように感じます。
ここでは国家間の歴史的な事について詳しくは触れませんが、この一年、一人の日本人として中国に暮らし、出会った人たちを通して感じた個人的な日中間の印象を書いてみます。
まず現在、中国でもインターネットを使って多くの情報に触れられるようになり、日本に関する様々な情報にアクセスすることが可能です。その中には、日本への旅行や留学、定住など、実際の日本を体験した中国人たちが発信している情報も少なくありません。
現地の老若男女が暇さえあれば見ている「抖音」(Tik Tok)では、在日華人が発信する「生の日本」を紹介する情報動画などは大変な人気があります。
何年も前から中国では「日式」と呼ばれる日本風のラーメン店や居酒屋、牛丼店など、日本の食が人気を集めているのですが、最近、料理においてはより高級かつ本物志向が高まってきていています。
上海や杭州、深圳といった都市部では、日本人料理長が作る客単価1500元(日本円で約三万円)を超えるような高級和食店も珍しくなくなりました。高級和食店で食事をすることが、現在の中国社会ではステータスの一つに数えられるそうです。
天台の街の中にも私が知る限り二軒の「日式居酒屋」がありますが、いつ見ても若い人たちで繁盛しています。
中国人の中でも富裕層と呼ばれる人たちの多くは日本への旅行を経験済みで、中には何度も日本各地を回っている大変な日本好きの方もいます。
私の職場にも「コロナの影響で大好きな日本旅行に行けないから、せめて日系のホテルに泊まりたい」というお客様の利用もありますし、そのような方たちの中には、私よりも日本の飲食店事情や各地の名物料理、高級旅館などに詳しい人もいらっしゃいました。
また、「90后」(1990年以降生まれ)とか「00后」(2000年以降生まれ)などと呼ばれる現在20代~30代の若い人を中心に、日本のアニメやゲーム、現代文学、ファッション、芸能といった日本発のカルチャーは絶大な人気があり、とても強い支持をされています。
その上の世代の家電、化粧品、医薬品といった「MADE IN JAPAN」信仰もある程度は健在でしょうが、モノよりも文化に好意を持っている若い世代が多くいることは、この先の両国の関係性がより良いものになる礎として期待でき、嬉しく感じます。
天台での日常生活では会話などで不便な思いをする事もありますが、人との交流という面に於いて、特に若い人からは「日本人」というだけで好意を持って接してもらえたこともありました。
それは私個人への好意というよりも、上述したように、彼らが親しんだ日本のカルチャーに由来するものだと思っています。
私のようなアニメやゲームにほぼ興味のない人間でも、異国の地では日本で生まれたカルチャーのお陰でその他の国の人よりも少しだけ親切にしてもらえたり、距離を近く感じてもらえたりする事があり、国を離れてもこんな形で日本に守られているのだと知ったのです。
今年の3月16日夜、福島県沖で発生した最大震度6強の地震は、すぐに中国でも大きなニュースになりました。同時に中国のSNSでも広く拡散され、そこにはさまざまなコメントがついていました。
愛国心の名のもとに、なかには日本人の一人として寂しい気持ちにならざるを得ないコメントも見られましたが、「不分国籍 愿所有善良的人平安」(国籍に関係なく、全ての善良な人たちが安全でありますように)というコメントには4万件近い「いいね」が集まっていました。
とは言え、私が出会った天台の人たちは一様に穏やかで優しい人が多く、この一年、職場は勿論、天台の街の中でも差別的な発言や扱いをされたことは一度もありません。考えていたよりも遥かに友好的に接してもらえています。
日本と中国には文化的に多くの共通項があり、隣国同士という切っても切れない、長い歴史と繋がりがあるはずです。このブログの名前を「一衣帯水」としたのもそういった意味からです。
でも実際に暮らしてみると、やはりそこは外国であり、お互いに解りあえないであろう常識や価値観のズレも多々ありました。歴史や国情なども影響して、日中関係というのはデリケートな関係であることも事実です。
しかし、日本とか中国という国籍の違いはあっても、人として、ひとたび互いの信頼関係を築くことが出来たのなら、まるで家族のように優しく、温かく、時にはこちらがその距離感の近さに戸惑ってしまうほど開放的で、人懐っこく、情にも厚い人が多いのもこの国に暮らす人々の特徴だと思っています。
私自身がこれまで日本で知り合った外国人に対し、ここまで親切でオープンに接して来れたかというと、そうではなかったなと考えさせられました。
うまく言えませんが、国土が広く、人口も多く、多民族国家である中国に暮らす人々は、元来日本人よりも言語、見た目、風俗習慣的に多くの種類の人と関わる機会が多く、島国に住む私たちよりも外国人への受容度が高いのかな?なんていうふうにも思います。
赴任当初、仕事の進め方や満足のいかない仕事内容に対して指摘する際にも、国籍の違いによる無駄な誤解が発生してしまわないよう気を遣いました。
しかし、やはり同じ料理人同士、国籍や言葉の壁を超えて分かり合える部分も多くあることが分かり、現在は仕事中にその壁をことさら意識する必要はなくなりました。
ずっと中国料理を勉強してきた私にとって、中国という国が特別な存在であることは間違いありません。そして広い中国の中で、特に日本との繋がりが深いとされる天台に赴任できたことも、なにかの縁だと感じています。
少なくても私にとって中国は「近くて近い国」であり、今後、たとえ少しずつでも、今以上に両国民の友好的な繋がりが強く確かなものになって欲しいと願いますし、そのための僅かな一助にでもなれればとの想いで、現地の人たちとの仕事や交流を楽しんでいます。
天台山 滞在1年 おわり