(1)江南料理とは

 

中国の数ある地方菜系(地方別料理分類)のことや、それらが日本では北京、上海、四川、広東の四大地方料理として説明されることが多いことは、こちらの記事で少し触れました。

 

今回はその中でも私が特に心惹かれる、江蘇省や浙江省、上海市など、中国では「江南」とも呼ばれる地域の料理について書いていきます。

 

蘇州にある「江南菜館」。(蘇州白塔東路)


日本で馴染みのある中国四大料理の各菜系と違い、中国料理好きな方でも「(jiāng)(nán)(cài)」(江南料理)と聞いて、それが何か分かる方はあまり多くないと思います。

 

現地でよく用いられる地方菜系の分類に「()()(cài)()」があることも以前の記事で書きましたが、所謂「江南料理」というのは広義には「八大菜系」の中の「()(cài)」(江蘇料理)、「(zhè)(cài)」(浙江料理)、そして「(huī)(cài)」(安徽料理)の地方菜系の総称に近い意味を持ちます。

 

 

「江南」とはチベットを水源に、主に華中地域を西から東に向かって流れる中国最長(アジア最長)の大河「(cháng)(jiāng)」(長江/揚子江)の下流地域一帯を指す言葉です。

 

もともとは清朝初期の「江南省」(現在の江蘇省や上海市、安徽、浙江、江西、湖北の一部。省都は南京)に属していた各地域の総称としての意味も持つようですが、現在では一般的に長江の下流、南岸地域一帯(一部北岸地域も含む)の総称として使われています。

 

四季の移ろいがあり、長江の支流が網の目のようにめぐる風光明媚な水郷地帯としても有名な江南は、「(shàng)(yǒu)(tiān)(táng) (xià)(yǒu)()(háng)」(天に極楽、地に蘇州、杭州あり)という言葉があるほど、その美しさや産物の豊かさが称えられています。

 

このような細い水路が街のあちこちを流れる。(浙江省紹興)

 

水郷の夜景(江蘇省蘇州)

 

浙江省杭州の西湖は色々な名菜を生み出した場所。

 

長江やその支流、そして江南に数多くある大小さまざまな湖で獲れる魚や蟹、海老など淡水系の魚介ばかりではなく、江蘇、上海、浙江は黄海や東シナ海にも面しているため、新鮮な海産物やその加工品にも恵まれています。

 

また、四季の恩恵を受けた豊富な農産物、特に稲作に適した土地柄から“米どころ”としても知られており、米から作られる加工品やお酒、お酢の種類も多岐に渡ります。

 

そのため、江南の肥沃で産物豊かな土壌は、長江中流に位置する湖南省や湖北省などと共に「()()(zhī)(xiāng)」(魚米之郷)とも称され、古くは「()()(shú) (tiān)(xià)()」(蘇州と湖州が熟すれば天下足る)という言われ方もしていました。

 

紹興酒の酒甕

 

上海のスーパーには沢山の種類のお酢が並びます。ほとんどが江蘇省産。

 

いくつもの王朝の首都を務めた南京、南宋の都杭州、越の都紹興など、古都を擁するこの地方には、昔から多くの文人墨客も集まったそうです。

 

このように地理的にも歴史的にも恵まれた江南地方では、古くから質の高い、たおやかな文化が形成され、洗練された華やかな「名菜」と素朴でどこか懐かしい「家常菜」の両方が発達することになりました。

 

旬の食材を多用し、味付けの濃淡を使い分ける江南料理。江南の名菜「東坡肉」に魅せられて料理人になった私は、今でも江南料理の大ファンなのです。

 

江蘇名菜「()(bǎo)()(lu)()」。瓢箪を模ったアヒルの煮込み。

 

杭州の街角で売られている東坡肉。

 

紅く煮込まれた豚の角煮「(hóng)(shāo)(ròu)」は江南を代表する庶民の味。

 

日本で江南料理を説明する際には、簡単に「上海とその近隣地域の料理である」というのが一番分かり良いのかも知れません。しかし実のところ、同じ江南の料理でも各地域によってその風味には大きな違いがあり、独立した地方菜系の集まりでもあります。

 

江南料理を形作る代表的な菜系では、江蘇省では南京、蘇州、揚州、淮安など、浙江省では紹興、杭州、寧波、温州などが知られていて、それぞれ土地の産物を活かした多彩な料理文化を有しています。中国では江蘇料理と浙江料理の頭文字をとって「(jiāng)(zhè)(cài)」と呼ばれることもあります。

 

次回以降、江南各地の料理の特徴をご紹介します。