僕にとっては糧 | たった一度の人生、自分の好きな色に塗ればいい
中1の11月、当時通っていた道場で月に一度の道場内での試合でその日は来ていた人が少なく、総当たり戦をする事になり、5試合全て立ち技での一本負け。それも接戦で負けたのではなく、3試合は開始直後の秒殺負けで、残り2試合も特に見せ場なく負けた。
負けても悔しいという気持ちも沸かなくなっていて、もう柔道は無理だと思った。そして2月にその道場は辞めた。やっと開放されたとその時は思った。大抵の人は「さようなら、柔道・・・」って事でもう柔道をしようとは思わないだろう。

しかし、柔道への情熱は消えず、中2の5月に別の道場に入門。最初の道場で一緒だった人も何人か先に移籍していて強豪道場で厳しい道場だというのは聞いていた。練習初日の練習開始前、指導員の一人に今日から入門する旨を伝えると「虎の穴に飛び込んできたか」と言われた。
最初は寝技乱取りから始まり、一本目は一学年下の相手に一方的に抑え込まれた。当時寝技が苦手だった上に、僕は53kgくらいで相手は80kgくらい。
その様子を見ていた先生に言われた。「そいつうち(の道場)で一番弱いんだぞ」
しかし、その相手は2ヵ月後の中体連で1年生ながら重量級で地区3位に入り、その後も様々な大会で上位入賞、高校も強豪校で主力選手になっている。一般的に見ると弱いはずがなく、充分に強い。大抵の道場なら上のほうのレベルのはず。
立ち技でその人に投げられている様子を見ていた先生が言った言葉が「一番弱い奴に投げられていてどうするんだ!」
どこが弱いんだよ・・・と思いながら、その日は全員に一方的にやられ、意気消沈。練習の最後に前の道場で一緒だった人で、先に移籍していた人が先生に怒鳴られていた。39度の熱があってしばらく休んでいたらしい。

「熱があるくらいで休むとはどういう事だ、なめてんのか!先生たちが一生懸命教えようとしている気持ちがお前には分からないのか!弱いくせに休んでる場合か。熱があるからって休ませる親も親だ!お前の母さんもヤキだからな!」
今の時代にこれをそのまま発したら間違いなく裁判で負けますし、全国区のニュースになりますね。

新たな環境で頑張ろうと思っていた気持ちはすっかり萎え、帰り道は泣きながら帰った。帰宅後も風呂場で号泣した。やっぱりもう柔道は無理だと思った。柔道の練習の帰りに泣いたのって多分あの日だけ。
でも今ではあの日の涙は苦い記憶ではなく、宝物になっている。
あの後に頑張った事は僕にとっては今の自分の肥やし、糧になっている。