たった一度の人生、自分の好きな色に塗ればいい

たった一度の人生、自分の好きな色に塗ればいい

切った縁に後悔無し。

切られる縁に遺恨無し。

続く縁に感謝の気持ち。

 

 

 

高2の時の1997年6月16日、父からもう商売をやっていけないかもしれないと言われ、闇に落ちたあの日。あれから29年か。気付けば今の僕は当時の父と同じ年齢になっている。

当時のヒット曲で至る所で聴く機会の多かった曲。今でも聴くと込み上げてくるものがある。

 

先日、僕の幼少期の頃からの写真、当時の両親の写った写真を久しぶりに見た。さすがに泣いた。半分はまさか後にこんな人生を送っているなんて当時は思っていなかったよね、という嘆きの感情。でもこのまま終わってはいけない。

 

明日は父の命日。もう9年か。

父は2016年にガンが判明するまでこれといった大きな病気も無く、年齢の割には体力もあったと思うし、自分達は長生きするだろうと言っていたが、65歳で亡くなった。母は74歳で亡くなった。今の時代では短命だよな。

父のほうの親族とは絶縁状態。今更頼る気も無いけど。

以前、会社のストレスチェックの結果で「人に助けを求めるのも必要なスキルです」って書いていたけど、助けてと言えば助けてもらえるのか?

 

小5の時、いじめられていた時期があった。体育の授業の時、僕をバカにしてきた者が2人いて僕が詰め寄ったら相手が逃げるという出来事があり、それを遠くで見ていた担任が後から相手に怒った事があった。「いじめられたりしたら言わないと駄目だよ」と言われたが、グループごとに作った新聞で特徴とかを書いてこれは誰でしょう?というクイズで、僕の事をきょろきょろと猿に似ているとか、男のくせに云々と侮辱した事を載せたグループがいても、あなた注意しなかったじゃん。そんな人に誰が頼ろうと思うの?

でもね、だからこそ自分が強くなるしかない、自分を守れるのは自分しかいないって分かったんだ。そして柔道と出会った。小学校卒業直前にクラス全員が見ている前でいじめられていた相手にケンカで圧勝して周りの評価を変えさせた経験は僕の糧になっている。

暴力で黙らせるのがいいとは言わないが当時はそれしかなかった。

前回の記事で、高1の時に僕が弱ければいじめられていたと書いたけど正にそういう事だから。高1の時はケンカはしていないけど。

 

書く内容を整理せずに思いつきで書いたので、話が逸れて何が言いたいのか分からない記事になってしまったけど、まだ人生は続くんだから自分で立て直していかなければという気持ちである。

先日、地下鉄に乗っていた時に隣に座っていた人達の会話が聞こえてきた。

「一人っ子で社交性のある人はほとんど見たことがない」と。

昔は一人っ子という事でわがままなどと、マイナスイメージを持たれないようにという気持ちもあり、色々頑張っていたつもりだったけど、今思えば、確かにねという部分はある。もちろん人によるから、一概には言えないけど。母の姉の娘(僕のいとこ)も一人っ子、確かに少々変わっているよな。今の僕の状況にしても社交性に欠けるところから来ているのはあるだろう。

高1の時はいつの間にかクラス内の男子に嫌われていた。自分に原因があった部分もあったのは今では認めている。僕が弱ければ間違いなくいじめに遭っていた状況だった。

体育の柔道の授業で僕の悪口を言っていた一人と試合をする機会があった。向こうは組む時にびびりまくって逃げていた。身長は向こうのほうが高いのにマジださかった。

働くようになってからも人間関係で苦労した事は多いし、良くも悪くも自分軸があるから、なかなか難しいね。

今年は姫路へ旅行に行こうと具体的に計画を立てていたけど、体調不良で結構、欠勤してしまって有休が残っていなく断念。9月までは夏季休暇が使える分があるから、それを利用しようかと思ったが9月に本州に行って暑さに耐える自信はない。 

来春くらいには行きたいと思っている。

 

今日は眼科を受診。視野検査の結果は一年前から進行はしていなく、むしろ一年前より良い結果の様子。まあ、その時の体調とかにもよるだろうし。

眼圧は前回は右22,左20だったが今回は右25,左20との事。画像の点眼薬が追加されて、点眼薬は3本になった。

状況によって、再度のレーザー治療や手術が検討になるとの事。再度のレーザー治療をして意味があるとは思えないけど。

次回は2ヶ月後に受診予定。