1957年発売の「ゴンドリエ」は「バンビーノ」に続く大ヒットとなった。途中、イタリア語の歌詞も挿入され、いかにもカンツォーネ風だが、なんとオリジナルは「ウィズ・オール・マイ・ハート」というアメリカの曲である。作曲はピート・デ・アンジェリス、仏詞はジャン・ブルッソル。
Gondolier
T'en souviens-tu
Les pieds nus
Sur ta gondole
Tu chantais
La barcarolle
Tu chantais
Pour lui et moi
ゴンドラの船頭さん
覚えているかしら
裸足で
ゴンドラに乗って
あなたが歌ってくれた
あの舟歌を
あなたは歌ってくれた
彼と私のために
Lui et moi
Tu te rappelles
Lui et moi
C'était écrit
Pour la vie
La vie si belle
Gondolier
Quand tu chantais
彼と私のこと
覚えているかしら
彼と私は
そういう運命だった
あのとき人生は
あんなにも美しかった
ゴンドラの船頭さん
あなたが歌ってくれた時はね
Cet air là
Etait le nôtre
Gondolier
Si tu le voi
Dans les bras
Les bras d'une autre
Gondolier
Ne chante pas
あの日の歌は
私たちのもの
ゴンドラの船頭さん
もし彼を見たら
その腕の中に
他の人がいるのを見たら
ゴンドラの船頭さん
あの歌は歌わないでね
1950年代のカイロは「中東のハリウッド」とも呼ばれ、映画産業はそれなりの活況を呈していた。ダリダは『ツタンカーメンの仮面』ほか、カイロで製作された映画に、ほんの数本だけ出演している。
芸名は「サムソンとデリラ」にちなんで、ダリラとした(デリラ Delilah は、フランス語読みではダリラ Dalila となる)。
しかし、カイロの映画界で端役に甘んずるつもりは、彼女にはなかったようだ。『ツタンカーメンの仮面』の監督、マルク・ド・ガスティーヌからの誘いもあり、1954年冬に単身、花の都パリへと渡るのである。
