喜劇人に花束を (新潮文庫)『喜劇人に花束を』(新潮文庫)には著者である小林信彦が、1973年暮、藤山寛美の楽屋に訪れたという記述がある。

寛美は、「『ゴッドファーザー』、ごらんになりましたか?」 と唐突な質問を寄こす。 マッサージ台の上で男が撃たれるシーンを、話題にしたがっている様子である。

下に動画を埋め込んでおく。モー・グリーン(アレックス・ロッコ)がマッサージ台に寝ていると、そこへ男の後姿。ソフト帽を被っている。

訪問者を確認するため、モーが眼鏡をかける。途端に撃たれ、眼鏡のレンズが割れて血が流れ出る。このシ-ンの仕掛けについて寛美は、「眼鏡に電気が通ってたと思うんですわ」と主張する。

「『ゴッドファーザー』、ごらんになったのですか?」
と、ぼくが訊きかえした。 (こんなに忙しいのに)という言葉が略されていた。
「いや、観とらんのです」
「じゃ、どうして……」
「みんなが、その場面をフシギやいうとるんで、考えたんですわ。どう考えても、ほかに方法あらへん」

小林が寛美の楽屋を訪れた日付は、12月20日。『ゴッドファーザー』が日本で公開されたのは、同じ年の7月15日である。映画がロングランであったことと、数ヵ月の猶予がありながら一度も舞台を抜けられない、当時の寛美の忙殺ぶりとがわかる。

世間とは隔絶しながら、世間と些細な会話でつながりを持ちたい寛美の孤独を小林は感じたという。その些細なとば口が『ゴッドファーザー』なのだから、いかに話題作となっていたかもわかる。

もう一つわかるのは、劇団員数名が知恵を寄せ合っても解けない、このシーンの仕掛けの巧妙さである。 寛美に伝えられないのは残念だが、実は電気を使ったものではない。

このシーンは、ワンカットで撮られていない。ソフト帽の男がマッサージ部屋に入ってくるとき、モーが取り上げるのは普通の眼鏡である。次にアップになったときには、特殊な眼鏡に替えられている。

眼鏡のつるには2本のチューブが隠されている。一方のチューブには極小のプラスチック弾が詰められており、これを圧縮空気で発射させて飴ガラスのレンズに当てる。つまり、レンズを外側からではなく、内側から破砕するのである。直後、もう一方のチューブから血糊が送られ、噴き出す仕組みになっている (ハーラン・リーボ 『ザ・ゴッドファーザー』 ソニー・マガジンズ 参照)。



モー・グリーンのモデルとなった人物は、ラスベガスを大歓楽街に変えたバグジー・シーゲルである。映画とは違って、彼はマッサージ台の上ではなく、愛人宅のソファでくつろいでいたところを狙撃された。 ただ、眼球を吹き飛ばされた点は共通している。

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