柳田國男によれば、妖怪とは零落した神である。 とすれば妖怪巨大女は、本来「母と愛人との中間にとどまっている」はずの守護神が零落した姿である。一方、『男はつらいよ』 は、神聖化された巨大女さくらの物語となる。車寅次郎は、とらやの五代目、平造が芸者に産ませた子供という設定になっている。六代目の竜造(おいちゃん)は、平造の弟である。さくらは寅次郎の異母妹にあたるが、終始「姉」として振る舞っているのはいうまでもない。
いったい山田洋次は、どこまで意図的であったのだろう? 私にはわからないのだが、とらやを経営しているのが、おいちゃん・おばちゃんであることは意義深い。おいちゃん・おばちゃんは主人公の父母ではなく、かつ二人の間には子供がいない。その子供の位置に観客が自らを置き、それによって容易に、柴又を自らの故郷とすることができるのである。映画の方には寅次郎の実父は出てこないが、実母は二度ほど登場する。ミヤコ蝶々扮するラブホテルの経営者、お菊である。『続・男はつらいよ』での彼女は、はるばる訪ねてきた息子に対して、「あ、銭か? 銭はあかんで」と言い放つ、ちょっと薄情な感じの老女である。結果、寅次郎は坪内先生(東野英治郎)を相手に、大泣きに泣くこととなる。
このあとミヤコ蝶々は、第七作『奮闘篇』にも登場するが、まあ、ネタバレはやめておこう。 いずれにせよ、『男はつらいよ』シリーズにおいては、母親の影は極めて薄いといわねばならない。それを埋めるのは、おばちゃんではない。繰り返すが、おばちゃんは観客にとっての母親である。では、誰が寅次郎の母親代わりになるのかといえば、無論、さくらである。